【デントウヤサイ大学6限】まるで探検!江戸東京野菜探しと明日へ繋ぐ努力

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デントウヤサイ大学6限目では大竹道茂(おおたけ•みちしげ)さんにお話をうかがいます。1964年の東京オリンピック、高度経済成長期を経て1000万人の大都市になった東京。その背景では都市化を進める国の政策、農地の宅地並み課税が施行され、東京の農地は減少。伝統野菜の特徴である生産効率の悪さから、江戸東京野菜は他の野菜に淘汰されていきました。
そのような時代にJA東京中央会の農政担当となった大竹さんは、東京の農家の文化を守りたいと江戸東京野菜の保護、復活に尽力を注いできました。

大竹さん提供: 中学校と落語会で江戸東京野菜を説明

【講義内容】

デントウ野菜大学で最初に取り上げる伝統野菜は、江戸東京野菜。

江戸東京野菜とは、種苗の大半が自家採取または種苗商によって確保されていた江戸時代から、昭和40年代までの野菜のこと。

参勤交代の際江戸に伝わった野菜や、現代まで住宅地で人知れずひっそりと種をつないでいた野菜など、一つ一つの野菜の背景に物語があるのが魅力的だ。

まずは江戸東京野菜学の門をたたいてみよう!!(書き手:河村青依/食べタイ編集部/早稲田大学)

【時間割】
1限目:江戸東京野菜を育てる農家さんの気持ち 
2限目:江戸東京野菜を使う魅力
3限目:江戸東京野菜を食育で伝える喜び
4限目:生産から広報まで、江戸東京野菜のなんでも屋の熱い気持ち
5限目:地産地消の観点から考える江戸東京野菜の魅力
6限目:まるで探検!江戸東京野菜探しと明日へ繋ぐ努力

〇六限目で学ぶのはこれ!
都市化が進む中で、淘汰されていく江戸東京野菜。そのような時代に大竹さんは江戸東京野菜を後世に残そうと、物語の収集と江戸東京野菜探し、保護に尽力してきた。そこには東京の農業文化を守りたいという熱い思いがあった。

①    江戸東京野菜の魅力:野菜探しの旅に出る魅力
②    江戸東京野菜の現状:それぞれのキャリアに江戸東京野菜
③    江戸東京野菜を未来へつなげるためには:地元のこどもに愛される野菜にしたい

野菜探しの旅に出る魅力

大竹さん提供:早稲田ミョウガ捜索

農地の減少とともに行方不明となった江戸東京野菜は多く、2007年に登録されていた江戸東京野菜はわずか約15品目。しかし大竹さんの尽力により、2021年には約 50品目まで登録が増加します。行方不明になった江戸東京野菜を探す過程は、文献資料、地図、地元の人を手がかりに行うため、まさに探検のよう。中でも大竹さんにとって印象的だった出来事は、もうどこにもないとされていた晩生系の早稲田ミョウガが見つかった時のエピソードだった。

 「妻のそうめんの薬味で茗荷を食べたときに、ふと江戸っ子が好んだと言われている早稲田ミョウガのことが浮かんで。それで探そうと思いました。講演会でよくその話をしていたら、早稲田大学の堀口健司副総長が、学生NPO農学塾の早稲田の学生を紹介してくれたんです。それで、学生たちと2010年6月に「早稲田ミョウガ捜索隊」を作って早稲田ミョウガを探し始めました。早稲田ミョウガは秋に採れる秋ミョウガだから、夏ミョウガと区別するために早稲田ミョウガの花穂がつく8月に捜索をスタートしました。そうして、約30数箇所の群生地を見つけ、明治からお住いのお宅に生えていたミョウガが、1番信憑性が高かった。その後検証栽培をして固定種の早稲田ミョウガであることがわかって。2011年、正式に江戸東京野菜に登録されたんです」

最近では、東京都三鷹市の「大沢の里古民家」の庭から「三鷹大沢わさび」という在来種が発見されたといううれしいニュースもあった。歴史ある野菜を探し見つける、そのようなロマンも江戸東京野菜の魅力の一つなのだろう。

それぞれのキャリアに江戸東京野菜

大竹さん提供

江戸東京野菜を発見し育てる人を確保しても、持続可能にするには生産者と販売店、料理店など扱う側の一体性が必要だと考えた大竹さん。

2010年には、NPO法人江戸東京野菜コンシェルジュ協会が大竹さんの尽力もあって設立。現在では食育の専門家や料理研究の方が多く所属し、それぞれのキャリアの中に江戸東京野菜を取り入れていく体制ができつつあるといいます。

 「現状、江戸東京野菜は生産が需要に追いつかなくなっていています。コンシェルジュ協会も生産者より圧倒的に、料理人や使う側が多いですね。それぞれのキャリアの中に伝統ある江戸東京野菜がいかされていく、それは理想的なカタチなのですが。
一方で、高倉ダイコンは生産者が2名、東光寺ダイコンも3名と人数が少ないですね。特に江戸東京野菜のダイコンはとても長くて大きいから抜くのが大変と栽培する農家が減る原因なんですよ。江戸東京野菜は、揃いが悪いから流通に乗れずに栽培されなくなった野菜です。ですから東京に食べに来ていただくだけの価値をPRする努力を私たちがする必要があると思います」

 江戸東京野菜を食べることは、旬の時期に地元の野菜を食べることに繋がる。SDGsの影響もあって最近は江戸東京野菜への注目も集まりつつあると大竹さんは語る。高度経済成長期の中で、東京の農業を守りたいと願った大竹さんの想いに、追い風が吹いているのだ。

地元のこどもに愛される野菜にしたい

大竹さん提供: 千寿双葉小学校の種の伝達式
大竹さん提供:育てた小学生の想い

高齢化が進みつつある江戸東京野菜の生産者。育て始めるには、使う飲食店など売り先を整える必要もあるそうだ。まずは地元の人の認知を高め、愛されることが大切と大竹さんは語る。その土地だから食べられるという価値を知って”おもてなし野菜”に江戸東京野菜がなってほしいそうだ。

「足立区の小学校で、『命をつなぐ千住ネギ栽培授業』というのがあって。小学生が地元の江戸東京野菜,千住ネギを育てて、種の採取をして、次の学年にその種を受け継いでいくという授業です。種を買って、収穫して、また次の年に種を買ってって行う農業体験ではなくて、先輩が育て、そこから生まれた種を次の学年が受け継ぐから、種の命のバトンを引きつぐことができるいい授業だと思います。小学校の中には、育てる上での苦労を種の袋に入れて渡すところもあって。江戸東京野菜は名前に地名がついていたり、その土地の歴史と関係するものが多いから、地元の子どもたちに自然と愛される野菜になっていくと嬉しいな」

収穫がゴールではなく、種を選別して渡すまでがゴール。野菜の命をいただくという意味を学べる授業なのだ。また、江戸東京野菜のイベントでは、ほかにも「練馬ダイコン引っこ抜き競技大会」という、練馬区の小中学生に、給食で使用してもらうために、大きさのために抜くのが大変な練馬大根を、参加者に抜いてもらうイベントがある。これは、15年も続いてる。地元の人が関わるこうしたイベントは、生産者と地元の消費者の双方の顔が見えて愛着がわく一歩になるのだ。


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