
2年前の夏。
ひょんなことから東京生まれの私がやってきたのは北海道、十勝です。
そこは、大地に1番近い場所でした。
1年間住み込みで酪農アルバイトをし、そのまま牧場で学生結婚した私。今年は、北海道民になって2年目の夏です。酪農家の家族になった東京の大学生が、「十勝の家族」と過ごす夏のひとときについて語ります。
書き手:畠 真帆(食べタイ編集部/早稲田大学)
私の家族が暮らす場所 北海道の森の中へ

札幌から東に約250キロ、バスで3時間半。
十勝の端っこにあるのが、私の新しい家族が暮らす足寄(あしょろ)町です。
1番近いコンビニは、車で20キロ先。100円ショップへは、高速道路を使わないと辿り着けないような山奥にあります。

陽が沈めば、こぼれ落ちてきそうな星空が広がり、夜風と一緒に聴こえてくるのは鹿の鳴き声。朝靄の中に浮かび上がる深い森の中から感じるのは、ヒグマの息遣い…。
そんな大自然の中で、私の家族は酪農を営んでいます。

時を遡ること150年前。
北海道開拓がはじまった頃に、東北地方からやって来たのが夫のご先祖様です。
当初は、温泉を見つけることが目標だったようですが、他の家族が先に掘り当てたため、農業を選んだそうな…。
現在は、夫の両親と従業員さん2人で営んでいる牧場です。
酪農家の朝は、土の香りがする

朝露に湿った土の香りがして、ハッと目が覚めます。
山際からまばゆい朝日が溢れ出していて、家族が起き出す音がしてきます。
夫と2人で家に帰ると、手伝わせてもらうのが「搾乳」
朝の4時半に起き出して、眠気まなこのままつなぎに着替え、泥だらけの長靴を履いたら、ゾロゾロと牛舎へ。

1年間アルバイトとして、来る日も来る日も搾乳をしてきた私ですが、久しぶりに手伝うとかなりの筋肉痛です。
何本もペットボトルを開けて水分補給をしながら、朝の仕事をこなしていきます。

それでも、朝の仕事が終わってから食べる朝ご飯の、美味しいこと。
食事とは本来、エネルギー補給をするための生存本能であることを、ひしひしと思い知らされます。
すっぴん顔を、牛のフンと土と汗でぐちゃぐちゃにしながら、家族みんなで同じ釜の飯をいただく…。手のひらからも、体からも、牛と土の香りがする…。
そんな酪農家の朝が、東京生まれの私にはたまらなく美しく見えるのです。
農家さんは、空を読む
十勝で暮らすうちに、一つの癖ができました。空を見上げることです。
人が集まれば空を見上げて話し込む、農家さん達がいるからでしょう。

家の畑で育った野菜を持ってきてくれるおじいちゃんも、農家のお嫁さんたちの井戸端会議でも、一仕事終えた後の親方たちの酒の席でも…。
必ず誰かが空を見上げて、天気の話を始めるのです。
「あっちの空が暗い。ありゃあ、山の向こうは雨だな」
「そうだなあ。雨に降られる前に、小麦、刈っちゃわないとなあ」
“空を読むこと”で、十勝の人々は一週間の予定を決めているように見えます。

暮らしと自然が直結している証拠なのでしょう。
でも、それは決して十勝の農家さんだけではないのですよね。
今この瞬間、誰もが空の下で生きています。
誰の日々も、必ず大地と繋がっています。
東京にいても、北海道にいても、それは変わらない事実です。
農家さんたちが空を読む姿は、その確かな事実を、私にいつも思い出させてくれるのです。
大地に1番近い場所

東京都民だった私が、北海道民になってから2年。
十勝が「帰る場所」になったことで、北海道にどんどん惚れ込む自分がいます。
窓から入ってくる土の香りや、季節によって色を変える小麦畑。
夕焼けの中、畑を歩く人影。星空の下、牛の出産を見守る酪農家さん。
そこに美しさを与えるのは、人々の暮らしと大地の「近さ」なのでしょう。
来年は、どんな空を見せてくれるのか、どんな土の香りを味わわせてくれるのか…。
今から楽しみでなりません。
