ガラス作りから素麺作りへの華麗なる転身 〜手塩にかけた”長く””永く”愛され続ける清流素麺のはなし〜【牛島ゼミ・トガプロ寄稿記事】

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清流素麺の作られる利賀村の冬景色。あたり一面が雪で覆われ、かつては合掌造りもあった豪雪地帯の荘厳さが伝わる一枚です。

夏の風物詩である素麺。

そんな中でも麺の「長さ」と地元の愛情を注いだ「永さ」、二つの“ながさ”を持つそうめんがあります。その名も”清流素麺(せいりゅうめん)”。

実はこの素麺、富山県南砺市(とやまけん・なんとし)にある標高1000mを超える山々に囲まれた人口500人の村、”利賀村(とがむら)”で作られているのです。

今回はそんな清流素麺作りに携わる、畑井真也(はたい・しんや)さんにお話を伺いました。

 書き手:平島美海,赤澤遼,田中芽衣(牛島利明研究会トガプロ/慶應義塾大学)

<登場人物紹介>

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畑井真也(はたい・しんや)さん

青森生まれ。ガラス製造会社の”三芝硝材(さんしばしょうざい)”にてガラス製造の現場で働いていた。2019年度以降利賀村に移り住み、”清流素麺”の製造に必要な管理を行う。

<清流素麺とは>

利賀の清流を用いて、冬の寒さの中で作られる清流素麺。通常の2倍の時間をかけて十分に乾燥させることで、驚くほどのコシを生み出します。もともと、農閑期の冬場の産業として利賀で作られるようになりました。現在も熟練の職人さんが早朝からタネを熟成させ、手延した麺を、1玉ずつ丁寧に仕上げています。

(:GOKIGEN Lifeサイトより引用)


ガラス作りから、そうめん作りへ

平島:

―いつから清流素麺作りに関わり始めたんですか?

畑井さん:

―2019年12月からですね。それまでは37年間にわたって西部森林組合が清流素麺の製造を行っていました。しかし、清流素麺の製造をやめるということで、私たち三芝硝材という、全く異業種のガラス業界の会社がこの事業を購入して清流素麺をやっていくことになったわけです。

平島:

―なるほど。でも、なぜ全く違う業種である“清流素麺”を始めることになったんですか?

畑井さん:

―私たち三芝硝材の社長が、以前から*6次産業にとても興味を持っていたんです。その第一歩として、今の生産を始めることになりました。

ガラス製造において、ほこり一つ入らないように現場の管理を徹底しています。そのような技術を素麺作りにおいても、温度管理や衛生面の管理において応用しています。

*6次産業=1次産業としての農林漁業と、2次産業としての製造業、3次産業としての小売業等の事業との総合的かつ一体的な推進を図り、農山漁村の豊かな地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す取り組み。

平島:

―ガラス製造の過程が素麺作りに活きたんですね!

ガラス作りから素麺作りへと移行した畑井さんが異動されたのには、どういう経緯があったんですか?

畑井さん:

―特に、関わりがあったということはなく、”たまたま”6次産業に興味がある社長の耳に利賀村の清流素麺づくりが終了するという話が届いたみたいです。

「俺と一緒にそうめん作りにいかんかー?利賀村のここにお前はもう永住するんや!」みたいなテンションで誘われました(笑)。

平島:

―そのとき、畑井さんはどう思われました?

畑井さん:

―びっくりしましたね。ほんとの話ですか?ゆうて(笑)。

自分らもこんな山の中でそうめんを作ってるなんて知らなかったもんですから。でも、それを知ってなんか面白そうだなと思い、興味を持ちました。

↑こちらが清流素麺。長さが1mもあることから、半乾燥の状態でこの形に成形します。長さもさることながら、コシが強いのも特徴です。

平島:

―そうめんを作りに来るまで、利賀村との関わりはありました?

畑井さん:

―いやあ、ないですね。僕自身もなかったし、会社としての関わりもなかったですね。

平島:

―そんな村で実際に働き始めてみて、どうですか?

畑井さん:

―楽しいですね。日々どうやればもっとうまくいくかとか、以前よりいいものを作りたいなと考えながらやっています。


「長さ」と「永さ」を持つ素麺

↑乾燥中の”清流素麺”。4・5日乾燥させることでその強いコシ、喉越しを実現しています。長さは90センチから1メートルほど。

赤澤:

―畑井さんの思う清流素麺ならではの特徴を教えてください。

畑井さん:

―やっぱり長い麺ですかね。あのままで茹でたらみなさん立ち上がって、長さに驚かれますね(笑)。

あとは、清流素麺の複雑に巻かれた伝統的な麺の形。あれはやっぱり、ベテランのおばちゃんたちの手に染み付いた感覚でしか作れないですね。

清流素麺を成形する工場の方々。一つ一つ手作業で成形しています。

赤澤:

―美味しさの秘訣はどこにあるのでしょうか?

畑井さん:

―やっぱり水と、ここの風土ですね。それから、清流素麺を昔から愛しとる地元の方。

ここ利賀村は、水量が豊富でおいしい水が有名で、夏でも富山の中心地よりも4,5度くらい気温が低いという涼しい気候です。特に地元の熱はすごいですね、「うちでも欲しいんですけど」と、毎日のように会う人に言われます。ありがたい話ですね。

まだ来てから1か月の私に、村の方が「また早くそうめん食べたいです!」と声をかけてくださったのが、とてもうれしかったですね。

赤澤:

村の人からそんなお声かけがあったんですね!素敵ですね!


利賀にしかない清流素麺”を作りたい

田中:

―まだ素麺事業を初めて間もないと思いますが、清流素麺の今後のビジョンについて教えてください。

畑井さん:

―今までは、清流素麺一本でやってましたけど、レストランなどで食べられるような業務用とか、高級麺セットを作る予定で、色々試行錯誤をしています。蕎麦と茶そば、そして清流素麺を合わせる予定です。また、その高級麺には純国産の小麦を使用しています。

田中:

―なるほど、ということは清流素麺は今まで国産の材料で作られていたのではなかったんですか?

畑井さん:

―清流素麺は、原料全てが国産なわけではないです。純国産となると、含水率がだいぶ違うので難しいんですよ。でも、試行錯誤してようやく純国産でもやっていけるんじゃないかという裏付けが取れたんで、これから販売していけたらいいなと。非常に喉越しもいいし、歯ごたえもしっかりしていて美味しいと思います。

田中:

―色々な試行錯誤をなされたんですね!畑井さんは、その清流素麺をどんな方に楽しんで頂きたいですか?

畑井さん:

―地元に残る方が利賀村から他県に出られる人達に素麺を送ったりしているので、その人たちにより一層食べて頂けたらなと思っております。あとは、今販売ルートを拡大しとる最中なので、清流素麺を知らない方々にも食べて頂きたいですね。

田中:

―地元の方々が、村を出た方に清流素麺を届けて下さってるんですね。

畑井さん:

―そうですね。僕、毎日*天竺温泉に行くんですけど、地元の方が「清流素麺、順調に進んでますか?」といつも気にして下さるので、皆さん本当に清流素麺のこと好きなんだなと感じています。

*天竺(てんじく)温泉:海抜800mの絶景を楽しめ、村の人にも愛されている温泉宿

田中:

―地元の皆さんは清流素麺のことを大切に思ってるんですね。

畑井さん:

―長年やってきた職人、おばちゃんたちも、地元や清流素麺のことを愛しとるんだなと思いますね。自分らで作った清流素麺を親戚や知り合いに送ったり、利賀の行事に使ったりしとるみたいです。そういうところから、従業員の皆さんそれぞれが清流素麺のことを大事に思っとるんだなと感じます。従業員の皆さんの思いも含めて、利賀でしか作れない清流素麺をこれからも作っていきたいですね。

利賀村の方の清流素麺を感じ、より一層素麺事業の発展に貢献しようと奮闘する畑井さん。

多くの人に愛され、受け継がれてきた”清流素麺”。

その麺の長さのように、たくさんの村の人に古くから、永く愛されているのが何とも印象的でした。そして、そんな清流素麺作りを引き継いだ畑井さん。

“ガラス作り”から、”そうめん作り”へとかなり異色の異動をしています。それにもかかわらず、今のそうめん作りを楽しまれている姿は、とても魅力的なものでした。地元の方の思いを胸に清流素麺作りに尽力できているのも、畑井さんだからこそなのかもしれません。


清流素麺の購入はこちら
利賀の清流素麺【富山県南砺市利賀村】 | GOKIGEN Life (gokigen-nippon.com)

牛島ゼミHP
https://gyuzemi.jp/


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