旅をするりんご農家になろう    

in りんごのひみつ/特集/青森
この記事の書き手
兵庫県出身

皆さんは、農家にどんなイメージがありますか?
新鮮な食べ物が食べられそう?毎日畑に出て大変そう…?

そういったイメージは農家の”仕事”にだけ目を向けているからかもしれません。

青森県弘前市で新規就農したりんご農家、永井温子(ながい・あつこ)さんはりんごを育てることだけでなく、りんご畑のある”暮らし”を丸ごと大切にしています。仕事と暮らしが一体化した、永井さんのりんご農家像をお聞きしました。

書き手:鶴田鈴(食べタイ編集部/早稲田大学)

永井 温子(ながい・あつこ)さん
弘前大学卒業後、数年間関東の広告代理店などで勤務。退職後、2019年に青森県弘前市で地域おこし協力隊となり、りんご産業の持続的な仕組みづくりをする「りんごプロジェクト」に参加。2020年には自ら就農。前職の経験を活かしながら、弘前市のりんご産業の課題解決に挑戦している。



りんご畑で経験を生かしたい

―鶴田:永井さんは地域おこし協力隊の活動の一環として、りんご畑を始められました。そもそも、弘前で地域おこし協力隊となった経緯を教えてください。

―永井:福島県出身で、大学生の時に東日本大震災を経験しました。そのため、大学を卒業したらいつかは東北で仕事ができればと考えていたんです。卒業後しばらくは首都圏の広告代理店で働いていましたが、そろそろ東北に戻りたいと思うようになりました。そしてどういう働き方があるかを調べ、地域おこし協力隊という働き方を見つけました。

大体の地域おこし協力隊は地方自治体と雇用関係を結んで、役場などで業務を行うことが多いのですが、私の場合はNext Commoms LabというNPO団体を間に挟んで、そこから委託を受けて活動をしています。

―鶴田:地域おこし協力隊の活動の中で、なぜ弘前のりんご産業に関わることにしたのですか?

―永井:もともとりんごが特別に好きだったわけではありませんでした。協力隊はその地域の課題が提示され、その解決のために活動します。弘前だと10個ほどの課題が提示されました。その中で「りんご農家の減少」という課題を見たときに、この課題解決のために前職の広告業界での経験を生かしやすいのではないかと思いました。

東北は情報発信に積極的でない場所も多く、今でもガラケーが使われていたりします。その分まだ発信されていない魅力的なものがたくさんあるので、それを発信することで農家の数を増やせるのではないかと考えました。

永井さんのりんご畑の様子



りんごが基準の弘前暮らし

―鶴田:青森県弘前市はりんごの生産量日本一の地域ですよね。りんご産業が盛んな土地での農家としての生活はどのようなものですか?

―永井:とても面白いことに、弘前の人たちはりんご基準で生活しているように感じます。

一人でりんご畑をやっていると言うと、「収穫の時手伝いに行くからね」と言われ、本当に手伝いに来てくれるんです。他にも、弘前でアルバイトをしていると、収穫時期にはシフトを入れないように配慮するそうですよ。

りんごを育てるのが初めてでも、弘前のホームセンターに行けば時期ごとに畑で必要なものが並べられているので、行くだけで何が必要なのか分かります。

経済的にも深いつながりがあって、りんごが高く売れる年は軽トラがたくさん売れたり、飲み屋が儲かったりなど他の産業も潤うんです。それほど強くりんごと地域が結びついているんですよね。



りんご農業にグラデーションを

―鶴田:就農して大変なことはありましたか?

―永井:長い伝統がある分、新しいものの受け入れられにくさを実感しました。私自身、新参者としてこの土地に入ったことで、嫌味や意地悪なことを言われたことが何度かありました。

台風の状況など、就農1年目で不安要素がたくさんあったのですが、その不安な気持ちがなかなか理解されず、寄り添ってもらえないことが寂しかったです。

このプロジェクトに参加した当初はりんご農家の減少が問題であると認識していましたが、実際に生産者となり、りんご農業の為にはただ農家の数を増やすだけでは十分ではないのではないかと思い始めました。

―鶴田:では、どのようなことが本当の課題なのでしょうか?

―永井:一番は、りんご農家のあり方にグラデーションがないことです。「りんご農家はこうあるべき」という認識が根強くあります。

例えばりんごの木箱というのは約25キロあるのですが、重い木箱も「りんご農家をやるなら女でも持てなきゃだめだ」と思われていたり、「りんご農家は雨でも畑に出るべきだ」と考えられていることです。

「りんご農家はこうあるべき」という考えで一番強いのは、「生で食べておいしいりんごを作るべき」ということです。実際に市場では見た目が赤く、綺麗で大きい生食用のりんごが高く売れます。

しかし、りんごの種類というのは日本だけで約2000種類もあって、その特徴は様々なんです。私自身は「千雪(ちゆき)」という種類を育てています。

りんごの中で、あまりポピュラーではない品種です。育て始めるまで千雪のことはあまり知らなかったのですが、育ててみるととても魅力的な品種であることに気づきました。

”切っても茶色くならない”千雪で作られた透明なりんごジュース

千雪の一番の特徴は「切っても茶色くならない」こと。その特徴が一番生かされるのは生食の時ではなく、ジュースやピュレに加工する時です。

りんごは通常細かく砕くと茶色くなりやすく、すぐに酸化防止剤をいれなければならないのですが、千雪はそれを入れなくてもすごく綺麗なクリーム色のままなんです。

このことを知ってから生食用にばかり価値をおくのではなく、それぞれのりんごの特徴を生かしていくことが大切なのではないかと思うようになりました。



「旅するりんご農家」という実践の形

―永井:昨年「旅するりんご農家」という集まりを立ち上げました。そこで「Pathways within Apple/自分たちにとってのりんご農家像を見つけよう」という理念をもとに、どんなりんご農家になりたいのか、ということに日々向き合っています。

―鶴田:どのような集まりなのでしょうか?

―永井:まず、旅と農家って縁遠いと思われているように感じるんです。「りんご農家は常に畑にいなければならない」というイメージを覆すために「旅するりんご農家」という名前をつけました。

私自身、一つの場所に縛られるということが好きではないので、生活スタイルの変化によってりんごとの関わりも変化させられる農家でありたいんです。そしてそのように畑と向き合うためには、人との繋がりがなくてはなりません。

「旅するりんご農家」に集うのは、親元就農ではなく一から自分でりんご農家を始めた人たちで、人材、農機具、知識のシェアを最も大切にしています。新規就農だと分からないことが多くて、農機具も持っていなかったりするんです。

例えば薬剤散布のためのスプレイヤーという農機具は、新品で買うと約一千万円もするので、それを一人で買うことは難しいです。そこで、「旅するりんご農家」として先輩農家さんからお下がりを借りて、それをシェアしています。

「旅するりんご農家」で共有しているスプレイヤー

―鶴田:どんな活動をされていますか?

―永井:「旅するりんご農家」としてイベントに参加する際に、私たちの理念に共感してくれるりんご農家さんの商品を販売しています。

地域ではなく理念で繋がることを大切にしているので、青森県弘前市、黒石市、板柳町など様々な土地の農家さんのりんごやりんごジュース、雑貨を取り扱っています。

さらに2021年4月からは「旅するりんご農家」として畑を持つことにチャレンジし始めました。それによってさらに知識などをシェアする輪が広がり、自分自身の畑の管理もやりやすくなってきています。

―鶴田:永井さん自身はどのようなりんご農家でありたいとお考えですか?

―永井:生活と仕事と遊びを一体化させた農家でありたいです。新規就農をして大変なことが多かったですが、それでも畑で過ごす時間が楽しいんです。

一日中畑にいなくても、午前中はデスクワークや農業以外の仕事を進めて、午後に畑に行く。そして夜には温泉に寄って家に帰る、という生活をしています。この生活がとても自分に合っています。

昔から仕事とプライベートを分けるのが苦手で、会社員時代にはそこにしっくりこないことがありました。だけど、今はその境界がすごく曖昧で、生活と仕事と遊びが一体化しているようでとても楽しいです。

そして、これからの目標は実際に「旅するりんご農家」になることです。旅行が大好きなので、収穫時期が終わったら旅に出る生活を送りたいです。そうなれるように、地域の人たちと関わりながら畑と向き合っていこうと思います。



仕事とプライベートは分けることが主流な現代で、永井さんが見つけた暮らすように働く、という生活スタイル。

農業=生産だけではなく、そこから人々の暮らしや文化が生まれています。

永井さんのりんご農家としての姿は、そのような文化に目を向けることの面白さや、自分で畑との向き合い方を決められるという農業の自由な一面を教えてくれました。


「旅するりんご農家」の活動、販売情報についてもっと知りたい方はこちら

りんごのこと、畑のこと、暮らしのこと。りんごに関するたくさんの情報が得られる永井さんのnoteもぜひご覧ください。
Atsuko Nagai/りんごをもっとたのしもう|note


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兵庫県出身