〈書き手〉 学生編集部員 山村佳菜恵 (19)
先月10月の下旬に、山形県の小国町を訪問した。
神奈川県の住宅街で生まれ育った私。実は山形はおろか東北に足を踏み入れたのはこれが初めて。そして生産者さんに会って話を聞くという経験も生まれて初めてだった。
私の中で、農業などの一次産業はイメージの世界でしかなかった。それまでのイメージをざっくりと言うと「のどか」「ゆったり」というもの。詳しくはよく知らないけど、大自然の中で農業、きっと豊かな暮らしなんだろう!
そのイメージは半分は正解、半分は大間違いだった。
私が小国に来て最初に会ったのは、樽口(たるぐち)という集落に住むキノコ農家の渡邊正義(まさよし)さん。
写真の方が渡邊正義さん。去年撮った写真をお借りしました。
小国町を住みやすい場所にするために、今まで誰もやったことのなかった活動にどんどんチャレンジをしてきた人だと伺った。
例えば、小国町に人を呼ぶために元々あったわらび園を「観光わらび園」として再生したという。今ではぶどう狩りやいちご狩りなど、お客さんが農園に入りお金を払って収穫を体験するという形の観光はメジャーだが、実はその形の発祥は正義さんの「観光わらび園」らしい。
なんだかすごい人みたい…と、実際に会う前は楽しみでもあるが少し緊張していた。
まずは会ってみよう、ということで正義さんの仕事場にお邪魔させてもらう。
「これ小国のおやつ。食べてみな」
会って早々、芋でできたもちのような手作りのお菓子を手渡してくれた。名前は「ゆべし」というらしい。フレンドリーな人で一安心だ、と思いながら頂いたゆべしを食べる。
…おいしい!
みんなでうまいうまいとほおばっているうちに緊張も解ける。やっぱりおいしいものを一緒に食べるっていいな、なんてことを考えた。
食べ終わった後は正義さんにはきのこを成長させるための部屋やきのこを植え付けるための菌床を生産する機械を見学させてもらい、正義さんのお仕事についてお話を聞かせてもらった。
収穫前の舞茸。舞茸の下にある白いブロックが菌床。オガクズを固めて作られている
お話を聞いていると、正義さんが販売用に生産しているキノコは一般に流通しているものとは少し違ったものだという。
例えばナメコ。普段スーパーで売られているナメコはビニールのパックに詰められているが、正義さんのつくるナメコは缶詰に詰めて販売されている。中身は出来るだけ天然のものに近づくように育てられており、出来上がったものは一般に流通しているものよりも大粒。品質にこだわって富裕層をターゲットにしていると伺った。
ふと疑問に思い、質問をしてみる。
「どうして正義さんはみんなと違うものを作るんですか?」
正義さんは笑顔で答えてくれた。
「そりゃ、ここで生きていくためには他と違うことをやらなきゃいけなかったから」
答えはシンプルだった。
“ここで生きるため”
私の以前の農業のイメージ「のどか」「ゆったり」「豊かな暮らし」は確かに間違ってはいなかった。
太陽が沈むとともに光の無い本物の夜が訪れる。泊まる場所に戻って、正義さんから頂いた舞茸や事前に買った地元産の材料を使って夕飯を作り、お客さんも招いて、みんなで食べ、飲み、話した。
正義さんから頂いた舞茸はとてもおいしかった。作った人に思いを馳せながら食べるってこんなに楽しい。きっとこれが「豊かな暮らし」なんだと感じた。
でもそれは、あくまで消費する側の感想だ。
そのキノコを作る想いの根本にあるものは、のどかにゆったりと暮らすことではなかった。もっともっと現実的なもの。
“ここで生きるため”
言われてみれば当たり前のことだった。どんな仕事だって、大元にあるのはこの気持ちなのだろう。農家だってサラリーマンだって生きるために働いている。
そんな当たり前のことに気付いていなかったのか。
改めて、私は一次産業のことを何も知らないと実感した。
思えば小さいころ、幼稚園の先生に「食事は命を頂いているのだから、その命に感謝しながら食べなさい」と言われたことがある。その教えはきっと正しい。命に感謝しながら食事をするべきだ。
しかし記憶を辿っても、「食事は農家の方が丹精込めて作ってくれた食材で出来ているのだから、農家の方に感謝しながら食べなさい」と言われた覚えはない。どの食材にも必ずそれを作っている人がいるはずなのに。
みんなが農家の存在を知らないのか?いや、そんなことはないだろう。農家という存在は知っている。でも意識されることは少ない。私も小国に来るまでは食べ物を見て、作っている人のことを意識することなんて無かった。
一次産業の生産者は、消費者に意識されていないんだ。この現状に強く危機感をいだいた。
私は一次産業について何も知らない。全くの素人だ。しかし今回の訪問を通して一次産業を意識するようになり「私は何も知らない」ということを知ることが出来た。そして自分の無知に対する危機感はすぐに「もっと知りたい」というワクワクに変わる。
0から1への大きな前進。
これから食べタイの活動を通して、もっと一次産業の世界を知りたい。もっとたくさんの場所を見て、いろんな人に会おう。
そしてその活動を発信することを通して、まずは「一次産業について知りたい」と思う人が一人でも増えてくれればと思った。
たくさんの学びと出会いと、おいしいものに溢れた小国訪問だった。
近いうちに、また行こう。
小国訪問メンバーの集合写真。真ん中が私。