「水について思うこと」

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農家 広島県廿日市

「水について思うこと」

わたしの故郷は愛媛県の合併して今治市になった朝倉村という田舎で、その中でも一番山奥の地域で生まれ育ちました。最近になって父の姉である叔母に聞いた話です。父や叔母が子供のころ、部落内にごみ処理場ができるという話がもちあがりました。ごみ処理場をつくるかわりに補助金がでるとか、公園をつくるとか、いろんな良い条件を提示され、部落内のほとんどの人がごみ処理場建設に賛成したそうです。そんな中で、ごみ処理場建設予定地の一部の土地を所有する親戚のおじさんがただ一人、「こんな川の上流にごみ処理場をつくるなんてもっての外だ。」と断固として反対し、結局ごみ処理場は建設されなかったということでした。当時は、公園もつくってくれるのに、うるさいおじさんのせいでできなくなったと思ったそうですが、「今思ったら、あのおじさんはえらかったなあ。」と叔母は言います。

わたしの家での飲み水は山の水でした。その水源地はとてもささやかな沢水で、近所の何軒かと共同で水をひき、交代で定期的に水源地にたまった落ち葉のそうじに行っていました。山から流れる水を飲み、その水でお風呂を沸かし、その水でご飯を炊きました。家の前の田んぼの水も同じ山の水です。家族の多かった我が家では毎日一升五合の米をガス窯で炊いていました。正直言えば、今でも実家で食べる米がどこの米より一番おいしいと感じます。
もし、わたしが生まれる前に家の近くにごみ処理場ができていたら、わたしが山の水を飲んで育つということはなかっただろうと思います。そして、極端な話をすれば、もし山の水で育ってなければ、今の自分とは全く違う人間だったろうと想像します。

宮島の農園の出荷作業では、弥山から流れる山の水で野菜を洗います。洗っていると、野菜がぴかーっと輝く瞬間があって、その瞬間を見るのがいつも楽しみです。また、野菜の苗に水をやるときも山の水をやります。考えてみると、天から落ちる雨水と、地下から染み出る湧き水は同じ水でも成分は違うはずです。野菜に山水をやったかやらなかったか、最後に山水で洗ったか洗わなかったかでも野菜の味は変わってくるのだろうと思います。

結婚して広島に来て初めて住んだのは広島市内の横川という町でした。すぐそばに川が流れていて、夫婦で川沿いをよく散歩したり、ジョギングしたりしました。穏やかでのんびりしているというのが広島の人に対して感じた印象です。それは、この市内を流れる川が大きく影響しているのではないかと勝手に思っています。

広島に来てから日本酒のおいしさを知りました。広島は水がきれいなところ、という印象が強くあります。おいしい水があるからおいしい日本酒ができるのでしょう。わたしは広島で飲む広島のお酒が大好きです。

自分と関わる「水」の物語は、まだまだいくらでもあります。なんといっても私たち人間の体のほとんどは水でできているのですから。

中岡農園   山本千内

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(2016.6.9)


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