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【まとめ】大きく変わった、あの日。後編

in 宮城/山形/岩手/東北/福島
                 
この記事のライター
                 

未曾有の被害を受けた東日本大震災から5年が経った。

大きく変わった、あの日、あの時、あの瞬間。

自然の猛威や恵みと向き合いながら暮らしている、「つくり手」さんの歩みを辿りながら、それぞれの想いをお届けします。

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そう願う。そうであれ。

阿部貴俊さん (牡蠣 :宮城県石巻市 )

3・11 2:46に防災無線のサイレンが鳴った。
皆が海に向かって黙祷した。

それぞれの思いを込めて手を合わせた。

あの日・あの時、色々な事があった。そして、3年後の今日を迎えた。

変わったもの・変わらないもの・変わらなければならないもの・・。
忘れてしまった事・忘れてはいけない事・・。

そして、これから何をするのか・何が出来るのか・何をしなくてはいけないのか・・。

これから何処に向かうのか?

この地で皆が考えてる。

何を結論とすればいいのか・・。

自分の進むべき道を探してる。

「一歩前へ!」

明日は素晴らしい朝になるだろう。そう願う。そうであれ。

(元記事:阿部貴俊 2014.03.12)

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震災によって、大きく変わった「出逢い」。

清水琢さん (漢方/薬草:福島県喜多方市)

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大熊町、楢葉町の皆さんと会津農林高校の高校生達が、人蔘畑を見学に来てくれました。

会津藩と御種人蔘の歴史や、栽培の難しさ、先輩生産者達の努力と情熱、産地復活への取り組みなど、熱っぽくお話しさせて頂きました。

震災がなければ僕もきっと人蔘を作り始めなかったし、避難してきた皆さんとも出会うことは無かったと思います。

種とひとをつなぐ会津伝統野菜。
出会えたことに。感謝。

※編集部から関連記事のご紹介
「299年目の種」(2015.8.23)

(元記事:清水琢 2015.09.03)

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今を生きている。なんと凛として美しいか。

「たくましく生きる女性たち 」

3月11日。
4年前の昨日。
東日本大震災が起きました。

鎮魂と祈りを込めて、黙祷をしました。

これからも応援していきたいと思います。

一つどうしても気にかかる事があるので、今日はそれについて書いてみたいと思います。

よく見るのが、「あの震災を忘れるな」とか「風化させるな」と言うコピーですが、僕は違和感を感じるのです。

忘れるなとは、いったい何を忘れるな!といっているのか。
風化させるな!とはいったい何を風化させるななのか。

僕も2年前までには、忘れるなとか、風化させるなと聞いても、別に違和感を感じる事は無かったのです。

でも、あることがきっかけで、考えがまるっきり変わった。

2年前の秋。
地元の百姓の集まりで、年に1度の研修旅行に行くのですが、その時NHKのあまちゃんの影響もあり岩手県の久慈までいき、そこから太平洋側をずっと南下してきました。

泊まりは宮古でした。

その宮古で、たくましく凛として生きる女性たちに出会い、僕の意識はすっかり変わったのです。

生まれて初めての町に着き、夜を楽しもうと地元のスナックに。

本当の生の情報というのは、夜の街に聞くのが一番です。

一軒目のスナックは、地元の人達が多く集まっていて、とても賑やかでした。
カラオケを熱唱し、飲み、笑い。

そこで、当時の生々しい状況を、実際に体験経験した人から、たくさん聞きました。

それはもうリアルなお話です。

悲惨な事も、悲しい事も、辛かった事も。

でもね、その過去に事にこだわっている人、囚われている人。
そんな人はそこには居ませんでした。

皆、過去の事はもちろん胸に刻みつつ、前を向いて、今から未来に向けて生きているのです。

で、こういうんですよね。

「TVがよくねーんだよ。ありゃ良くねー。あんな感じで報道しているから、いつまでたっても意識が先にすすまねーんだよな」

と。

僕にとってこの言葉は衝撃的でしたし、そしてものすごく嬉しくなりました。

そして、どこかしら被害に合った人達はかわいそうだな~と思っていた自分を恥じました。

このスナックをでて、先輩農家たちはもう宿に帰ったのですが、飲み足りなかった僕は一人でもう一軒スナックに行ってみました。

そこで、さらにたくましく凛と今を生きる女性たちに出会ったのです。

そのスナックは僕以外誰もお客は居ませんでした。

そこにはママと他の従業員の女の子2人。

だからこそ、ますますリアルなお話を聞く事が出来た。

それはもうリアルなお話でした。

でもね、誰一人として悲壮感漂わせ、過去のその時間軸で生きているんじゃないんです。

今を必死に生き、前を向きたのしく生きていくエネルギーに満ちていました。

そしてママはこう言ったんです。

「私達もさ、いつまで被災者なんだよ!って。
世間では被災者は大変だとか、被災者の気持ちをどうこうとか、被災者をわすれるなとか、被災者被災者っていうけどさ、私はもう被災者でもなんでもない。
これからどうするかでしょ。
今から生きていかなきゃいけないんだから。
私達が生きている街の事なんだから、自分たちで何とかするんだ!って気合が必要なのに、世間が変に被災者意識をあおるから、一番大事な気持ちの部分が持てなくなっている。
これが一番復興を遅らせているんだけどね。
いつまでも被災者じゃないからさ。私たちは。」

これを聞いて、僕は完全に打ちのめされました。

そしてこうも言っていました。

「今の被災地って呼ばれている地域に一番足りないのは、お金でも復興のインフラ工事でも、家とかでもなく、そこに住む私達の強い気持ちですよ。
仕事していない人とか、いっぱいいるんだから!
仕事が無いとか、言っているけど、あるから!
被災者意識がしみついちゃって、何もやらない、みーーーんな行政や国任せで、自分達で何とかしようって、そう言う気持ちが足りないんです。」

ママも他の従業員の子たちもまだ若い。

聞けば、ママは震災で父親を亡くし、他の子も同級生の友達や、親戚のおばさん等を亡くし。

皆それぞれ、辛く悲しい事を体験、経験している。

でも忘れているわけじゃない。
忘れるはずもない。

しかし、今を生き、そして未来に向かって前を向いている。

なんと美しく、凛としてたくましい生き様なんだろうか。

僕は本当に頭が下がる思いで、言葉が見つからなかった。

そこで、聞いてみたんです。正直に。

じゃあ、僕達のように、支援したいとか、応援したいと思っている他の地域の人はどうしたらいいのかと。

そしたら、素敵な笑顔を見せてこういいました。

「こうして中川さんみたいに、遊びに来てくれればいいんじゃないですか。
被災地に普通にきて、自分の目でいろいろ見て、いろいろ感じて、普通にその場で愉しく過ごしてお金どんどん使って欲しいよね(笑)それが一番喜ばれるんじゃないかな~。皆頑張って生きてるから。
楽しんでお金使ってくれれば超嬉しいとおもいますよ。」

と。

そうか。
今まで僕は考え違いをしていた。

どれだけ悲惨な事であろうとも、どれだけ辛い事があっても、万物流転。
全てのものは変わり続ける。

どこか、変な特別意識を被災地に向けて持っていた自分がものすごくダサいと感じました。

僕は知らず知らずに区別してたんだ。
これは差別意識にまでつながる意識。

それを地元の人は敏感に感じるだろう。

だから、やっぱり愉しむこと。

これは全てに通じると改めて思わされたのです。

だから、あの震災を忘れないようにとか、風化させるなとか、言いたい事はわかります。

しかし。
現地で生きてる人は、当たり前で忘れもしないし、忘れられない。

それを胸に、今を生きているんであって、被災者意識を助長するような事にフォーカスするのではなく、現地で愉しくコミュニケーションをとったり、愉しく遊んだり、お金を使ったりした方が、その何倍も現地に元気を与えられるのではないか。

僕はそう思います。

なので皆様、普通に遊びに行きましょう。
そしてヤンヤンと遊んでお金使いまくりましょう♪

昨日は、いろんな事を思い出しました。
その中でも、あの宮古のスナックのママの言葉が、もっとも強烈に僕の心に刻まれているのは言うまでもありません。

皆様、いつまでも被災者じゃない!の一日を!

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忘れえぬ、この記憶。

柿木敏由貴さん (短角牛畜産農家:岩手県久慈市山形町)

震災から4年
地元紙は、全面すべてが震災関連の記事というものでした。
まだ切なくて見てません。。

(元記事:柿木敏由貴 2015.03.12)

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変わりゆく。

菊地将兵さん (養鶏農家:福島県相馬市)

「やがてこの町から農家はいなくなるのか」

もうすぐ東日本大震災から5年を迎えるけれど、僕の知る限り震災後にここ相馬市で一から農家になった人は見ない。

いても跡取りがあとを継いだという話がほとんどで、親が引退するからあとを継がせるんであって、それでは1プラスになって1マイナスだから意味がない。

まったくの一からでも、ここ福島県相馬市で農家になれる流れを作ってあげないと、やがてこの町から農家はいなくなると思う。

まだまだ僕自身、まともに生活も成り立たせられない農家ではあるけれど、この町で生まれ育ったことを誇りに思い感謝しているからなんとかしたい。

「相馬」

という地名は全国でも悪い印象で有名になってしまったけれど、僕ら相馬市の農家は必ず相馬をもう一度全国に良い印象で発信する。

農家という職業がこの土地で誇りあるものになったら、次の世代も必ず誕生すると信じてます。

おそらく一生涯、放射能検査は受け続けると思うし、これからも多くの困難が相馬にはあると思う。

でも必ず諦めないから、どうかこれからも相馬を宜しくお願い致します。

(元記事:菊池将兵 2015.12.03) ※一部抜粋

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自分のこととして考えていたい。

紀陸洋平・聖子さん (レタス/小松菜/法蓮草農家 :福島県石川町 )

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もうすぐ3月11日です。
私たちは、震災後2013年にIターン移住し、就農しました。

夫と私と、思いはそれぞれだと思いますが、
福島のことを自分のこととして考えたい。
それが一番の移住の理由でした。

移住し、一番驚いたのは、震災・放射能に関する情報の多さでした。
同時に、かつて住んでいた群馬県、関東でなぜ報道されないのか、疑問というより、憤りを感じました。
震災は日本全体の問題じゃなかったの?
東北、福島だけのことだったの?

そして、余震の多さにも驚きました。
テレビの字幕で「福島市震度2」など、どんなに頻繁に目にしても、感じることのなかったことでした。
こんなにこんなにいつも揺れるんだ。

収穫が始まり、初めて放射能検査をしました。
200グラムずつ、検査機関によっては500グラムだったり1キロだったり。
同じ野菜でも、圃場が変われば圃場ごとに、収穫の長いものは2ヶ月ごとに
出荷先全てに結果を提出します。

パクチーやパセリのように軽いものは検査のために相当量獲る必要がありますし
試しで撒いたものなど、目方が足りずに出荷に至らなかったものもあります。

今では当たり前になってしまいましたが、これって当たり前じゃないんですよね。

野菜や米で検出のないここ石川町でも、出荷制限のある山菜がありますが、それを知らない方も多く、
普通に食べている方もいるし、おすそわけに戴いたりもします。「もう平気だよ」おっしゃいます。

石川町周辺は線量がとても低かったため、放射能への関心も、もしかしたら薄れているのかもしれません。
そのことをどうとらえればいいのだろう。

人として、生き方として、何が正しいのか、間違っているのか。
私には分かりません。何を選択するかは人それぞれです。

福島に対し何もしていないできていない私たちですが、これからも考え続けていきます。
迷いながら歩んでいきます。

3月11日は、祈りたいと思います。

(元記事:紀陸聖子 2016.03.09)

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〈関連記事〉

【まとめ】大きく変わった、あの日。前編

菊地将兵さん (養鶏農家:福島県相馬市) 息子たちに、見せてやりたいんだ。

畠山政也さん (ホタテ/ワカメ/牡蠣漁師:宮城県気仙沼市 ) 一歩ずつ。一歩ずつ。

山本太志・山本瞳さん (イカ/鮮魚漁師:秋田県八峰町) 「このままじゃいけない。」あの日を機に、気づかされた。


➤このライターのプロフィール
漁師 宮城県石巻市
農家 福島県喜多方市
農家 山形県東置賜郡
畜産農家 岩手県久慈市山形町
農家, 畜産農家 福島県相馬市
農家 福島県石川町
漁師 宮城県気仙沼市
漁師 秋田県八峰町


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