○○づくり。に思う事

in 岩手/東北/畜産農家の仕事
                 
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畜産農家 岩手県久慈市山形町

ここに書く事は、あくまでも私の主観で、攻撃も批判もするつもりはありませんので
「細けえコト言ってんなぁ」くらいで読んで下さい。

「○○作り」って表現は農業でよく使いますよね。
土作り、野菜作りなど等
これを畜産で使われた時に、スゴく違和感を感じてしまうのです。
「牛作り」「~なお肉を作っています。」

ん~…
確かに、大きな意味では間違いではないんですが
畜産は、命の恵みを頂いている生業だと思っています。
どんなに科学が進み、知識と努力で、需要に向けた狙い通りの肉質にする事が出来たとしても
生産者が、命を生み出している訳ではないし、お肉を作り出している訳ではないと思います。
先の表現を使ってしまった時、あたかも人の力で全てコントロールしている様な印象を受けます。

お肉は工業製品ではありません。生き物です。
命は、人の思惑など意に介さず、不完全でありながら完成された不思議を感じます。
どんなに手を尽くしても助けられない儚さ
手の施し様もなく諦めたものが回復する生命力
そういう事を現場で目の当たりにすると、人が出来る事など些細で、
コントロールしているなんて傲りは吹き飛んでしまいます。

漫画ブラックジャックの本間先生の名言
「人間が、生き物の生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね…」
畜産業をしている限り、この言葉は常に心に留めておきたいと思っています。

だからと言って、技術の習得や努力を諦めるという意味ではありません。
出来る限りの事はした上で、命に対しては謙虚であるべきだと思います。

という事で、自己紹介の時には
「久慈市で短角牛を育てています~~。」
と言う様にしています。

これがもし
「こういう短角牛はオレしか作れない!」
などと居丈高に宣っていたなら
「サーロインの角に頭ぶつけて死んじまえ!」
と罵って頂きたいとお願い申し上げます。

(2016.02.05)


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