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農家・漁師紹介

稲福和之・由梨

福島県田村市
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那覇出身と東京出身の夫婦が福島に来た理由

夫・和之は沖縄生まれの東京育ち。平成15年、30代前半で脱サラし、新聞で見たNPO法人地球緑化センターの「緑のふるさと協力隊」となり、当時の滝根町に派遣され、いろいろな活動をしていました。

活動をしているうちに農業に惹かれ、活動終了後、そのまま滝根町(現田村市)に移住。
「あぶくま農業者大学校」で出会った師匠・佐藤今朝一さんから教わった「大気・水・大地を汚さない」ことを基本に”いいあんべぇ精神”を大切にしながら農薬や化学肥料を使わない農業を学び実践しました。

妻・由梨は東京生まれの東京育ち。知人の紹介で、和之の田んぼの田植え体験に参加したのがきっかけで、夫と出会いました。農作業の手伝いなどで何度も滝根町に通ううちに、この町が好きになり、共に福島で生き、将来はこの地で農家民宿を開きたいという夢とともに農家の嫁になりました。

 

結婚式は2011年3月12日

震災の翌日が結婚式でした。なんとか式は挙げたものの、自宅は福島第一原発から32キロ地点。夫は福島で農業が続けられるか、作物を作って検査をしてデータを収集しました。嫁は、苦渋の決断で、東京に残り、福島に通って農作業を手伝う日々。

震災から1年たって、滝根町の汚染度合いが低いことや、作物から放射性物質がほとんど検出されなかったことから、「この地で農業ができる。やむをえず農業をあきらめてしまった仲間の分もやっていこう」とあらためて夫婦で福島の地で生きていくことを固く決意しました。結婚から1年後、妻は福島に移住しました。


福×福

買い控えが続く中「福島の地での農業を諦めたくない。今までは違う展開を考えないといけない。」と起業を決意しました。復興に対する国の資金援助の力も借りて、平成25年に農産物加工場を自宅敷地内に新設しました。地域農産物の6次化商品作りに取り組んでいます。

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加工場は、稲福の「福」と福島の「福」。
食と農業を通して「福」を届けたいと思いから、福福堂と命名しました。

なんと…近くの給食センターの閉鎖時期とちょうと重なっていて、タイミングよく加工場の備品をとっても安く譲ってもらえました。まさに天の采配。運命的なタイミングでした。

福福堂が誕生してからは、自分たちで栽培している黒米・ブルーベリー・エゴマの他にも、地元の農産物を活かした商品開発に奮闘しています。近所の農家さんからの受託加工も承っています。
素材の味を生かすため「添加物は極力使わず、材料はシンプルに」を心がけています。

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正念場はこれから

東北は大変だから、という気持ちで買ってくれるのではなくて
「おいしいから買いたい」思えるような商品を作っていきたいです。

正直、農業だけでの収入は、安定していません。
しかし、2016年3月、妻・由梨は管理栄養士として働いた職場を退職。4月から加工場での6次産業事業と農業に本腰を入れました。

豊かな自然。そこから生まれる空気、水、四季折々の風景。寒暖の差があり、水もよく、お米をはじめとした作物がおいしいこの地で、地球から畑を間借りしながら、生産から加工までを一貫して行い、安心安全で体に良いものを皆さまの食卓へお届けしていきます!

 

その次の夢!

当初から決めていた「農家民宿」をいつかやりたいです!

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Adress : 963-360 福島県田村市滝根町神俣字入新田156
TEL & FAX : 0247-78-3847
Email : info@fukufukudou.jp
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この農家・漁師の活動拠点
日本福島県田村市滝根町神俣
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