でも、イタチは悪じゃない。

in 「論」をよむ/事件簿・失敗談/日々の仕事/東北/生産の哲学/畜産農家の仕事/福島/編集長ピックアップ/自然の猛威
この記事の書き手
農家, 畜産農家 福島県相馬市

イタチがヒヨコの小屋にやってきた。

こうして文で書くと可愛い一文なのに、小屋の光景は吐き気をもよおすほどおぞましかった。

最初の日は二羽。

ヒヨコのうちは体がまだ弱いため、寒さで集まりあって仲間に押し潰されたりなど、ほんとにちょっとした理由で命をおとしてしまうことがある。

でもこれは一目でおかしいと感じた。

ヒヨコが明らかに殺され、血だらけで倒れている。

何かの動物の仕業かもしれないとこの光景を見てはっきり思ったのに、思っただけで、いままで被害にあったことがなかった自分は獣をなめていた。

しかもこんな日に限って祭のイベントに出店を出して野菜を販売すことになっていて、たいした対策もとらずヒヨコの遺体を回収しただけになってしまった。

そしたら次の日の朝には三羽。

さすがにこれはイタチだと感じても、イベントは二日間にわたる大規模なイベントで出店しないわけにいかず、入れそうな穴を探して埋めたり、忌避材を置いたりと、最低限しかできなかった。

そしたら次の日には五羽。

ヒヨコが気になり朝いつもより早めに行ったものの、無惨に逃げ惑いながら小屋のあちこちで殺されたヒヨコの亡骸と、戸惑い震えながら大声で叫ぶ生き残ったヒヨコの姿が、自分の対策の甘さと自然をなめた代償を目の前にまざまざと見せられ、悔しさと自分への怒りがこみ上げた。

絶対にここで止めなくちゃいけない。

どんなにそう思っても、うちのニワトリ小屋はビニールハウスをちょっと改良しただけの簡易的な小屋で、ビニールと鉄骨の間に入る気になれば入れる隙間は必ずできてしまう。

しかもイタチについて調べてみると、三センチの隙間があれば入れるらしく、かなり手強い動物らしい。

三センチの隙間と言われても、50メートルのハウスをすべて三センチの隙間なく塞いでいくのは、とても時間が足りなかった。

次の日の朝、4時に懐中電灯を持ち小屋に行くと、またしても悲鳴のようなヒヨコの叫び声。

ライトを頼りに辺りを見渡しても、ヒヨコの感じからついさっきまでイタチがいたとわかるのに、イタチの姿はない。

あるのはまた無惨なヒヨコの亡骸で、一羽、二羽と数えていくと、10羽の亡骸があちこちに倒れていた。

さすがに、その場でしゃがみこんで落ち込んだ。

でもごちゃごちゃに考えが巡る頭で思ったのは不思議なもので、僕は鶏肉をいつも食べてるし、自分でもニワトリをさばいて食べたのに、ヒヨコがイタチに食われることが怖いし悔しいということ。

自然の流れ的には普通のことで、イタチは自分たちが生き延びるために食べただけである。

イタチはネズミを食べたりするらしく、本来はニワトリの餌置き場に集まったネズミを食べる、良いやつなのかもしれない。

いやむしろ、良いやつ悪いやつなど人間の基準で決めただけで、自然の輪の中から見たら一方の肩を持つ僕が悪だろう。

イタチの被害はたしかに嫌だ。

でも、イタチは悪じゃない。

またやられたら辛いけど、入れないようにしますのでこれ以上食べないでほしいと願います。

不安で睡眠をとっても夜中に何度も起きてしまうのですが、何度も見に行きながら対策していきます。

イタチごっことはよく言ったものです。

強く、賢く、うちのヒヨコさえ襲わないでくれたら好きな動物です。

被害を出さずにイタチごっこしていきましょう。

(2015.10.3)


➤この農家・漁師のプロフィールを見る
農家, 畜産農家 福島県相馬市