息子に漁業を継がせられますか?

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漁師 山形県鶴岡市

某日、山形県鶴岡市鼠ケ関の漁師・五十嵐安貴さん(44)が漁を終えて帰港したところへ、同じ東北の同世代の漁師ふたりがやって来た! 岩手県大船渡市の佐々木淳さん(44)と、秋田県八峰町の山本太志さん(39)だ。震災による被害もさることながら、漁獲量の低迷、魚価の下落、燃料費の高騰……と困難が重なる中で奮闘を続ける3人と、『東北食べる通信』編集長・高橋博之が、この国の漁業の現在、未来について率直に意見を交わした。

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編集長・高橋博之(以下「編」):

一次産業は斜陽産業と言われ続けていますが、僕はそれを反転させたいと思っています。それには生産者さん同士がつながり、それぞれの現場にある成果と課題を共有していくことが必要ではないかと考え、今日、まずはお三方にお集まりいただきました。はじめに、おのおのの地元の漁業が抱えている課題、悩みを率直にお話しいただければと思います。

 

年々状況が悪くなりながら、
手をこまねいている状況

山本太志さん(以下「山本」):
秋田は、ハタハタというブランド魚の上にあぐらをかいた上に、バブル期以降の魚価の低迷に対して何も手立てをせずにきた地域です。品質の向上をはかるのではなく、「他の船に負けるな」と漁場を食いつぶして水揚げを増やそうとしてきた。すると単価は下がりますよね。その繰り返しで年々状況が悪くなっています。

編:
秋田ではハタハタの激減を受け、1992年から3年間、全面禁漁をしましたよね。

山本:
俺の予想では、近年中に再び全面禁漁になりそうです。そのとき、つぶれる船が出てくると思うんです。そのくらいの局面に来ていてなお、手をこまねいている状況です。

佐々木淳さん(以下「佐々木」):
漁協自体は、漁業者から受託手数料が入るからそれなりに成り立つ。焦りが生まれないんだろうね。

山本:
以前に俺と嫁とで、漁協を通じて、自分らで魚の買い付けをして販売することを始めました。漁協に口銭(販売手数料)を納めていたので、漁協の利益にもなる取り組みだったはずなんですが、1、2ヶ月でその手間を面倒臭がられ、終わってしまった。秋田県全体にいえることですが、成長がないんです。

 

漁協との関係を
つくっていく

編:
それに対し、佐々木さんがいる岩手の小石浜では、震災前から漁協と漁師がタッグを組み、浜から消費者へ帆立を直送してきました。地元に批判や障害はありませんでしたか。

佐々木:
うちの方は綾里(りょうり)という村単位に独自の漁協があり、秋田は県漁協一つだから単純には比較できないですが。バブルが去って低迷期に入ると、俺らは生産者の立場があまりに弱いことに疑問を感じるようになりました。うちの浜では先代のころから、量を制限して質を上げる努力を徹底してきた。その独自の強みを打ち出せず、一緒くたに流通していくのはおかしい。そこで直売をしたいと漁協に働きかけたけれど、まあ「面倒臭い話を持ってきたな」となるわけです。

編:
ただ、佐々木さんには、浜に仲間の漁師がいたんですよね。

佐々木:
親子で漁師をしている家の、子の漁師たちで「小石浜青年部」という団体をつくっていました。以前にも個人で直売をやろうとして、つぶされてきた人間がいたんです。その点、俺らは「漁業の担い手集団」であることが強みになっていきましたね。当時、通常の入札制度を経た帆立は首都圏に流通し、地元では食べられていないという現実がありました。スーパーに置かれているのはよその帆立でしたから。そこで「地元のものを地元の人が誰でも買えるシステムをつくりたい」とアプローチし、活動を始めたんです。するとメディアがのってきた。メディアに載って影響が表れると、行政も興味を示してきた。そうやって連携ができ上がっていきました。

養殖帆立は、県の漁連(漁業協同組合連合会)の共販制度というシステムの中で売られています。そこで綾里漁協の販売課長は、それに反することなく消費者に直送できる仕組みを編み出したんです。俺たちは今、それにのっとって直販をやっています。

編:
五十嵐さんのいる鼠ケ関は、また独特ですよね。漁師と漁協の風通しがよさそうです。

五十嵐安貴さん以下「五十嵐」):
山形の中でも、特に鼠ケ関は漁協とのつながりが強い。漁師たちが何か物事に取り組むとしても、漁協の人も中に入り、一体になってやっています。今回の『東北食べる通信』での販売(*)もそうで、漁協を通して正式に入札を通し、浜としてやっているから誰ともぶつからない。
(*編集部注:『東北食べる通信』2015年5月号において、五十嵐さんら鼠ケ関漁港の漁師たちが水揚げする紅えびが特集・販売された)

編:
それでは、地元で孤軍奮闘しながら状況を打開しようとしている山本さんに、お二人からアドバイスするとしたら。

佐々木:
誰もいないなら山本さんがやるしかないだろうなあ。若い衆の頑張りが、浜全体の底上げにつながるんです。犠牲を払ってでもやろうと。やっぱりある程度の犠牲は必要です。俺は自己犠牲って大好きだから(笑)。

五十嵐:
誰かしらがやらないと、全体がだんだんと駄目になっていく。最低限、他の浜の漁師がやってるようなことはやらないと。例えば、船上での活け〆(活魚を麻痺させ、血抜きをして鮮度を保つ方法)もそうだよね。

山本:
うちらの方で、船上で活け〆をしているのは自分だけですね。だいたい活け〆をしても値がほとんど変わらない。逆に傷もの扱いになって安くなることすらある。今の流通の仕組みの中では、正当な評価が得られない。それがあれば漁師だっていくらでも努力するはずなんですけれどね。難しいところです。

 

知らず知らず、
若い跡取りが続く

編:
佐々木さんのところは今、何か課題や悩みはありますか。

佐々木:
どこも同じだろうけれど、未来の自分の子孫が仮に漁業に従事したいと思ったとき、浜に人がいないと成り立たないじゃないですか。そこを守らなきゃという思いがある。

五十嵐:
うちらの所は、自分が船に乗った26年くらい前と比べ、45歳以下の漁業者がつくる「鼠ケ関漁業青年会」の平均年齢が10歳くらい若くなっているんです。知らず知らず、若い跡取りが続いている。浜にある15艘の船の45人の乗組員のうち、30人くらいは青年会メンバーです。以前の町長が「ここの漁師は日本一若いと胸を張れる」と言っていました。

佐々木:
すごい! うちらの所も割合としては同じくらいだけれど、圧倒的に数が違う。

編:
鼠ケ関では、23年も前に「大漁旗フェスティバル」というのを始めていますよね。当時、ふるさと創生事業の交付金というのを利用し、よその地域が金塊を買ったり温泉を掘ったりしていた中、ここは“企画”を立てた。全国の港から大漁旗を3,000枚も集め、軽トラに掲げて鶴岡まで走った(笑)。この催しは今も続いていて、一日8,000人を集めています。

山本:
へー!

五十嵐:
魚の直売をしたり、漁船クルージングとしてお客さんを船に乗せたりもしています。これも青年会が主体になってやっている。ここではまず船主会があり、そこに何か話が来れば、すぐに青年会と話し合いが持たれます。その輪に漁協も入っているんですよね。


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漁師 山形県鶴岡市
漁師 秋田県八峰町