【特集】愛で牧場はどこまで成長できるのか? ~年商28億円の牧場が語る、経済動物への究極の愛情とは~

in 大分/編集部のインタビュー記事
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【特集】農業ビジネス

農家の3Kイメージ「きつい・汚い・給料低い」を覆す生産者たちを大特集!農業をビジネスとして成立させるための「クリエイティブな」視点に迫りました。彼らのマインドは、一次産業界だけでなく、幅広いビジネスシーンで通じるはずです。


九州の中央やや北部、大分県日田市。ここに牛の総頭数4500頭以上、一日あたり55トンの生乳を出荷し、国内外に関連企業5法人を擁する牧場がある。

“西日本一のギガファーム” 本川牧場。

すでに大きな規模であるが、現在もさらに新牛舎を建設中であり拡大と成長を続けている。
そんな本川牧場が何よりも重要視することは、「牛の快適性を徹底的に追求すること」。

“愛”と“利益”

一見両立できないこの2つを、本川牧場はどのようにつなげているのだろうか。

今回お話を伺ったのは、入社二年目の和牛繁殖課に所属する大倉直登さん (写真左)、入社一年目の哺乳育成課に所属する紀野瑛里奈さん(写真右)、人事部長の大脇建さんの3名。

牛ってかわいいなって

― 若手社員のおふたりは、牛にどのように興味を持ちましたか?

大倉「小さいときに、熊本の阿蘇で放牧されている牛を見たことがきっかけです。のんびり放牧されている牛っていいな、この牛たちに関われたらいいなと思ったんです。
それで就活で、西日本最大の牧場なのに牛舎の増設や社員教育の充実などチャレンジをやめない本川牧場の向上心に惹かれて入社を決めました」

紀野「いま初めて大倉さんの入社動機を知ったんですが、話が似ていてびっくりしています(笑)。

私は中学生のとき読んだ本の中に、広い土地に放牧されている牛が描かれていて、そのときから牛ってかわいいなって、牛に関する興味関心が湧いてきたんです。大学では、データを活用した牛の受胎率と気温の関係の研究に没頭していました。そのまま研究を続けていく道もあったんですけど、やっぱり知識だけでは解消できない現場のことを勉強したいと思って本川牧場に入りました」

チャレンジ精神、本当の現場を知りたいという想い。
切り口は違うが、ふたりとも根本に「牛が好き」という思いを抱えているのは同じだった。

なんだかお母さんみたいですね

— 実際に業務に携わってみて、自分の中で何か変わったことはありますか?

紀野「入社から8か月が立ちましたが、牛の顔を見たらその子が元気か元気じゃないか、だんだんわかるようになってきました」

— たとえばどういう様子があげられますか?

「たとえば、哺乳瓶への吸いつきで牛の元気さがわかるんです。あと目のあたりがくぼんでくると脱水症状を起こしていて、もしかしたら下痢しているのかもしれない、と気づくこともあります」

— なんだかお母さんみたいですね!ミルクをあげて体調管理して。

紀野「先輩はお母さんだなって思います(笑)。でも私はまだまだです」

紀野さんは「自分はまだまだ」というが、牛の話をしながら笑顔を浮かべる表情はすでに立派な“お母さん”のように見えた。

和牛の人生を全うさせてあげたい

―大倉さんはいかがですか?実際に業務に携わってみて、変わったことはありますか?

大倉「牛の繁殖をしていますが、穴が見えてくるようになりましたね」

― どんな穴ですか?

大倉「たとえば、通常の周期で発情が来ない牛にはホルモン剤を使うんですけど、量や使うタイミングがおかしい、ということに気づきました」

―すごいですね!入社二年目にして作業の穴を見つけられるって。

大倉「まあ、和牛はしょせん250頭しかいないので」

―「しょせん」ですか。大倉さんにとって250頭は少ないんですか?

大倉「そうですね、本川牧場の規模の中では“しょせん”と言ってよいかと。ただ、重要な役割をもって酪農の牧場の中に和牛が250頭います、だからこそ一頭一頭を何も見逃しがないように管理してあげて、和牛の人生を全うさせてあげたい。

でもやっぱり、まわしている人数がまだ足りない。ただ最低限の飼育をするだけなら十分な人数です。でも、それだけでは終われません。牛が快適に過ごすためにできることは全部やってあげたいです。今でも最大限努力はしていますが、もっとやれることがあります。それらすべてをやってあげるためにも、もっと人が欲しい」

大倉さんが真剣な表情を浮かべた。
彼の牛への愛情、そしてそれを牛一頭一頭にもっと伝えたい、という気持ちが伝わってくる。

経済動物だからこそ

本川牧場の特徴として、もうひとつ「女性活用の推進」がある。
2017年には、農林水産省の「農業の未来を作る女性活躍経営団体100選」に選ばれている。女性活用も牧場の成長に関わっているのだろうか?

紀野「女性がいないと現場がまわりません!哺乳育成課は全員で7人いますが、そのうち6人は女性ですから」

―やはり活躍されているんですね!

大倉「はい。なかでも女性がすごいのは、たとえば人工授精です。腕を牛のお尻の穴に入れて、もう片手で器具を操作して種つけをするんですけど、女性の細い腕でやるほうが、牛が嫌がらないんです」

―なるほど、物理的なメリットがあるんですね。

大脇「女性の強みを見きわめ、最も活躍できるフィールドで活かしてもらうことが、女性活用の本質だと思っています。それが結果として、牛の快適性につながり、比例するように経済的なメリットも大きくなります」

―女性の活用も、最終的には牛への愛につながっているんですね。

紀野「はい。本川牧場の牛への愛は、“かわいいね〜”というペットへの愛とは違うんです」

―ペットへの愛とは違う、ですか。どのように違うんですか?

紀野「本川牧場の牛への愛情とは、興味を持って、観察して、変化を感じることです。新入社員は、入社後すぐに社長から講義を受けます。半日に渡って本川牧場がどんな工夫と苦労を重ねて現在の飼育環境を作ってきたのか教わり、愛情をもって牛と接してくださいと言われるんです」

―牛だけでなく、その牛が育つ環境についてもじっくり教わっていくんですね。

大倉「はい。経済動物だからこそ、牛そのものはもちろん、その環境や生活に最大限の興味を持って、最大限の愛情を注ぎ、観察していくことが必要なんだって教わります」

経済動物 “だからこそ” 愛情を注ぐ。

今までは「愛」か「経済性」どちらかを実現すればどちらかがお粗末になってしまうものだと思っていた。

でも、本川牧場はその先を行っている。「愛と経済性」の両方を実現させている牧場なのだ。

“酪農のど真ん中”でありたい

―最後に、今後の本川牧場の展望を教えてください。

大脇「牛への愛情がとにかく注目される本川牧場です。この譲れない信念はこれからも貫き通します。しかしそれだけではなく、働く社員や同業の方々、そして酪農業界を志す学生に対して新たなアクションを起こそうと動いています。それが教育ファームの設立です」

―教育のために新しく牧場を作るということですか?

大脇「そうです。最先端を行く効率的、集約的な農場と対局に位置するような牧歌的な放牧の牧場をイメージしています。入社数年が経ち一人前になった社員が、そこの土作りから搾乳まで管理のすべてを行う。そしてその中で牛との向き合い方や、今後自分が極めていきたい方向性を見つめなおすことができる、そんな場所を作ろうと動いています」

―牛だけでなく、人への取り組みも進めていくんですね!

大脇「はい。私たちは“酪農のど真ん中”でありたいのです。

牛を大切にするという当たり前のことが、生産性の改善につながり、牧場の収益環境を好転するという事を実現してきました。これからはこの取り組みをどんどん広げていきたいと思っています。」

愛で牧場はどこまで成長できるのか?

「牛を大切にする」「女性活用を推進する」

大切なことかもしれないけれど、本当に成長につながるのだろうか?
最初はそう思っていた。

しかし本川牧場は、牛への愛を商品の質につなげ、その愛が自然に女性活用の機会を作り、確実に会社の成長に結びつけていた。

遠回りしているように見えて、会社の成長への一番の近道を歩んでいたのだ。

そして、社員教育という次のステージをしっかりと見据えて動いていた。

本川牧場ほど酪農の本質やあり方まで考えている牧場は少ないだろう。

愛情で、牧場はここまで成長できるのだ。

“愛情と経済性を両立させる牧場” 。本川牧場はどこよりも牛への愛を持ち、なおかつどこよりも先を見すえた合理的な牧場であった。

文:山村佳菜恵(食べタイ編集部・早稲田大学文学部2年)


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