【寄稿】農業とキャリアについて考えた大学生の話

in 農家漁師にインタビュー/長野
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こちらの記事は、東京の学生団体「南信州サポーター」が、南信州の若手農業者団体「かたつむりの会」の方々にインタビューした内容をまとめて寄稿いただいたものです(詳しい経緯はこちら

書き手:明治学院大学1年 中西彩葵


 

はじめまして。中西彩葵といいます。都会の大学生です。最近、考えなきゃいけないことが多くなってきました。それは主に将来について。どんな仕事に就くか、どんな大人になりたいか。やりたい仕事はあるけど、本当になれるかなあ。入った会社がブラック企業だったらやだなあ。そもそも大人ってきっと、もっとしっかりしてて、今の私みたいにくよくよ悩んだりしないんだろうなあ……。考えすぎて困ってしまったので、いろんな大人に会って話を聞かせていただくことにしました。

 

私が知り合った大人のうちの一人に、横田寿幸(としゆき)さんという方がいます。

横田さんはもともとサラリーマンでしたが数年前に脱サラし、今は長野県飯田市で、農家としてキュウリやラディッシュ、お米を栽培されています。ということは横田さんは、サラリーマンと農家という大きく異なる二つの仕事を経験した方。これは興味深い話が聞けそうだ!2017年の9月中旬、期待を胸に長野県飯田市へ取材に出かけました。

飯田市では横田さんの農場にお邪魔して、ラディッシュの収穫を手伝わせていただきました。広いハウスの中で太陽をいっぱい浴びて、大きく真っ赤に育ったラディッシュを摘んでいくんですが、これが意外と大変なんです。30℃近くある外気より更に暑いハウスの中で、汗だくになりながら頑張っている割には仕事が遅い私を見かねて、横田さんが作業を楽にするためのアドバイスをしてくれました。横田さんの手つきを見ると、ラディッシュを摘むのも大きさを判別するのも葉を切るのも、全ての工程に無駄がないのがわかります。そんな様子を見ながらふと思いました。

(横田さんがサラリーマンだったなんて、想像がつかないなあ。……あれ、そもそも横田さんってどうして農家になったんだろう)

横田さんはその答えを、きちんと説明してくれました。

横田さんは元々、名古屋で営業マンをされていました。当時は仕事がハードだったために生活リズムや食生活が乱れており、肉体的にギリギリの生活を送っていたそうです。また精神的にも限界は近く、「彼はできているのに、君はなぜできないんだ」といった上司からの圧力、同僚や他会社をライバル視せざるを得ない環境、自分の実力を発揮できていない実感、モチベーションや営業成績が上がらない焦燥感など、追い詰められるには十分すぎる環境で、横田さんは懸命に働いていました。

しかしそんな中、とうとう横田さんの身体に異常が出始めます。治療のためには仕事量を減らさざるを得なかったため、横田さんは所属部署の異動を余儀なくされました。異動先において体調は回復したものの、横田さんは人生の岐路に立たされることになります。

 

「出世ルートから外れてしまった今、向いていないこの仕事を続けるか、あるいは脱サラして実家の農業を継ぐか」

 

葛藤の末、横田さんは農業を選びました。その決断から3年が経った今、横田さんは何を思うのでしょうか。

 

私が気になっていたのは、サラリーマン時代と農家になった今とでは、仕事や生活、考え方にどのような違いがあるかということ。

まず横田さんは、一般企業と農家では”同業者”の扱いが大きく異なるという話をしてくれました。一般企業での“同業者”は多くの場合、競合他社として収益や経営規模を競うものです。しかし農業においては同じ農作物を育てる”同業者”は決して敵ではなく、共通の悩みや話題を持ち情報を共有し、仲間として協力していく関係にあるんだそうです。

次に横田さんは、サラリーマン時代と農家になってからの体調の違いを話してくれました。農家を始めてからは、サラリーマン時代にストレスを紛らわすために飲んでいたやけ酒の悪習が改まり、また生活が規則正しくなったことで体力や筋力がつき、結果的に大学時代からの頻繁な右肩の脱臼癖が改善されたそうです。

 

「しっかりご飯食べて、しっかり体を動かすっていうことが、大事なことなんだよね。生きていく上で」

と横田さんは語ります。実感が伴ったその言葉には重みがありました。

 

横田さんは更に、農家になる前後のお酒の飲み方の違いについて、詳しく話してくれました。横田さんは今、農家仲間とよく飲み会をするそうですが、その場で飲むお酒は昔と違って楽しいお酒なんだそうです。昔と今で実質の飲酒量はあまり変わらないそうですが、一人で飲んでいない分飲みすぎてしまうことが減ったり、飲み会で出た話が仕事に繋がったり、飲み会の場がきっかけで人間関係が構築されたり、何でもさらけ出せる仲間に出会えたりと、サラリーマン時代とは違ってプラスの面が多いお酒なんだそうです。

その背景には、たとえ仕事上の付き合いであったとしても、個人を代替可能なワンオブゼムとして扱うのではなく、かけがえのない個人として尊重し、助け合いながら関わりあっていくという飯田の人たちの人柄がありました。

お酒といえば、飯田市滞在中に農家さんたちがご自身の畑で採れた食材を持ち寄って、宴会を開いてくださいました。焼肉、焼き野菜、バーニャカウダ、きのこのアヒージョ、りんごのシードル、ナガノパープル、シャインマスカットといった豪勢で美味しいごはんと並んで、私は宴会の席での横田さんの可愛さがどうしても忘れられません。横田さんは宴会が終わったあと「帰りたくない〜!」「帰らないで〜!」を連発した挙句、同席した学生たちと飲み直してその場で眠ってしまいました。自分の10歳以上年上の方を形容するには不適切な表現ですが、本当に自由で可愛い方です。横田さん、確実に人にモテます。横田さんは農家仲間に『横チン』という愛称で呼ばれていて、しかも何かとヘコみがちな横田さんの為に『横チンを励ます会』なんてものまであります。横田さんがこれほどまでに農家仲間に愛されている理由と、飯田は個性を受け入れてくれる寛大さがある場所なんだな、ということがわかった瞬間でした。

 

私は今回取材をするまで、農業とは過酷で人付き合いも乏しい職業だと、漠然と思っていました。しかし飯田に出向き、農家さんたちと飲み、横田さんの話を聞いたことでそのイメージは覆されました。

昨今の日本では、過労死や過労鬱が社会問題化しています。その原因となる精神的・肉体的ストレスや、それらをリカバリーできないほどの過密スケジュール、そして人間関係の希薄化は、都会にいる以上仕方ないことなのかもしれません。しかしその生活が体や心に変調をきたした時、この問題を変わらず“仕方ない”で片付けることは可能なのでしょうか。

終身雇用制度が破綻した現在、人々は一生のうち何度かは自分の職場を探し求めます。そんな時、その選択肢の一つに農業が入ったとしても、何ら不思議はないと思うのです。

この記事を読んでくださったあなたがもし農業に興味を持ったとしたら、ご自分で農村に出かけ、農家さんの生き方は自分にどんな感想を与えるのか、農業とは自分にとってどんなものなのかを確かめてみるのはいかがでしょうか。きっと飯田の農家さんたちは、そんな方たちを温かく迎え入れてくれるでしょう。ちょうど私にそうしてくれたように。

 

取材後記はこちら

取材を終えて(南信州サポーター)


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