【寄稿】岡島農園がみせる「農業」と「地元」 ~飯田出身の私が、飯田で6代続く農家を訪ねて見えてきたこと~

in 農家漁師にインタビュー/長野
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こちらの記事は、東京の学生団体「南信州サポーター」が、南信州の若手農業者団体「かたつむりの会」の方々にインタビューした内容をまとめて寄稿いただいたものです(詳しい経緯はこちら

書き手:木下遼太郎(立教大学4年)


飯田出身の私が抱く課題意識

今、「地域」や「地元」が注目を集めている。

これまでの東京一極集中に対して、現在では、地域の創生が叫ばれるようになってきた。

かくいう私も、地域に関心を持つ学生の一人である。私の出身は長野県飯田市。そう、今回の一連の記事の取材地が地元なのだ。大学進学を期に上京した私は、地元・飯田を離れてからも、飯田市役所観光課などが行う「南信州へおいでなんしょ!プロジェクト」などに参加しながら、地元・飯田にかかわり続けてきた。そうした経験も積みながら、私は将来飯田に何か貢献できないだろうか、そしていつかは地元に戻れないだろうかと考えている。

しかし、私は、こう思いながらも同時に、私たちのような地方出身者に対して、「地域」への思いや「地元」への愛を当然持つべきものとして押し付けてくるような昨今の「地域」ブームの雰囲気を感じている。周りの学生を見てもそう感じることがある。「地域」にかかわらなければならないような、「地元」を好きだと言わなければならないような、そんな一種の雰囲気を多少感じ、違和感を覚える。

こうした課題意識を持ちながら行ったのが、今回の取材である。

 

そんな地元・飯田市に6代続くトマト農家の「岡島農園」がある。今回はその6代目である岡島英由(おかじまひでゆき)さんにインタビューさせていただき、農園の特徴や今後の展望、地元の農業の現状などをうかがった。

 

岡島農園とは

岡島農園は、飯田で6代にわたって続いてきた伝統ある農家である。岡島農園の代名詞であるトマトを中心に、現在はキュウリやブロッコリーなども手がけている。特に力を入れているトマトは、先代の善夫さんが30年ほど前からそれまで周りではやっていなかった水耕栽培に切り替えてハウス栽培しているものである。そんな岡島農園が独自に開発したのがこの「いなっこトマト」である。「いなっこトマト」は水中の肥料濃度を上げることで樹に負荷を与え水を絞ることで、本来は大玉トマトに育つものを中玉のトマトに仕上げている。栽培当初は負荷の加減が難しく、半分以上が尻ぐされ等の病気になって商品にならなかったが、諦めずに研究を重ね、味の凝縮されたおいしいトマトができるようになった。

6代目の英由さんは、こうした農園の伝統に加え、「できるだけ自然な形で育てたい」という想いを加えた。例えば、授粉にはトーン(授粉を促すホルモン剤)を使わずハチを用いて授粉させたり、防虫には極力農薬を使わず虫取り用のテープを使うなどハウスの中にはたくさんの工夫が見られた。

また、この想いはトマト以外の作物にも表れている。最近始めたブロッコリー畑では、有機野菜にも使える防虫剤を使ったり、それ以外にも岡島さん自ら網を持って畑に入りチョウを捕まえていたりもしていた。

「野菜は素直なので、手間をかけたらかけてだけちゃんとかえってくる。」虫取り編みを持った岡島さんは、無邪気に笑いながら教えてくれた。岡島さんの農業へのこうしたこだわりの原点は、やはり農作物と向き合うのが楽しいということに尽きるのではないだろうか。終始いきいきと語ってくれたところからも、楽しく農業をしているという気持ちが伝わってきた。

 

今後の展望

このように手間を惜しまず良いものを作り続けている岡島さんであるが、今後の展望を聞いてみると、新しいものにチャレンジながら、法人化して規模を拡大していきたいと仰っていた。これからの農業は組織化してやってかないとダメだと学生時代から考えていた岡島さんは、大学は農学部ではなく、経済学部に進学し経営について学んでいた。また大規模な組織運営も知りたいと思っていたところ、たまたまアメリカのトマト農場で研修する機会にも恵まれ2年間留学をしていた。

地元・飯田では高齢化等の理由で農家が減ってきており、遊休地が増えてきているという。岡島農園のすぐそばにも1ヘクタールもある農地が手つかずのまま放置され草がおい茂っている。

それらの土地を有効活用するには個人では限界があるため、組織化しようとしているのだ。そしてこの組織化による規模の拡大という岡島さんの経営戦略が、高齢になってきたご両親を助けるための人員確保、さらには地域の雇用創出にもなる。岡島さんはこのように見通しているのだ。

また、岡島さんは新しいものにチャレンジしたいと考えており、サトイモやネギをやりたいとおっしゃっていた。農園のある地域は昔から粘りの強いおいしいサトイモができると有名で、たしかに周りの畑を見ると作っている農家さんが多くみられた。自分もおいしいものを作ってみたいと楽しそうに話してくれた。ネギは冬場の収量が少ない時期に補えるものやってみたいということから出てきたアイデアだ。ここでも、冬場の低収量という課題への戦略が遊休地の解消にも役に立つことになるのだ。

 

さらにこういったアイデアを実現するための技術を磨くのに情報交換は欠かせない。地元の若手農家さんの集まりの「かたつむりの会」や長野県の農業青年クラブである「PALネットながの」では会長も務めたこともあり、積極的に他の農家さんと交流を深め情報交換することで、よりよいものを作れるように努力を惜しまないでいる。こういった姿勢も農園を経営していくうえで欠かせないものだと話してくれた。

 

岡島さんから学ぶ「地元」への意識

今回取材させていただき見えてきたことは、経営者として農業と地域を考えている岡島さんの姿だった。今まで積み重ねてきた岡島農園の伝統に磨きをかけていきつつ、新しいものにチャレンジしながら、地域の課題も自分なりのやり方で取り組んでいる。

歴史ある岡島農園を継ぐにあたって、この時代に農園を発展させていくにはどうすればよいのか。大学で経営を学び、経営の観点から農園の戦略を考え実行している。農園の組織化や規模の拡大、農産物のブランド化など、経営者として農園の将来像を楽しそうにかつしっかりと語ってくださった。そこに岡島さんにとっての地元・飯田が重なってくる。

このことが、冒頭に述べた私のもやもやを和らげてくれた。つまりこういうことである。岡島さんは、もちろん伝統ある農園を継ぐ者として地元意識はもともと強いのかもしれないが、取材の中で、「地域のために」や「地元愛」ということを全面に押し出すことはなかった。岡島さんは農業をやる楽しさを追究したり、農園の経営を模索したりする過程で、実はそのことが結果的に地元の雇用や遊休地の問題に重なってきたのである。私はここに、押し付けではない納得のいく岡島さんの地元への向き合い方があると捉えている。こうした岡島さんの生き方が、近年の地域ブームとでも言える状況に流されがちな、例えば私のような学生にとって、示唆的なのではないかと思う。

今回の取材を通して、地元に対する私の考え方は変わってきた。以前までは地域を魅力的にするのは、地元愛を掲げ、面白いことをしたり発信する場を設けたりするのが大事だと思っていた。それも確かに必要なのかもしれないが、岡島さんのように地道にかつ楽しく仕事をしていくことが結果的に地域と向き合い、活性化にもつながってくるのだと思った。こうした「人」を探し発信すること、楽しく仕事をする「人」を増やすということが地域の魅力になるのかもしれない。

 

取材後記はこちら

取材を終えて(南信州サポーター)


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