マタギ女子・蛯原紘子さん「なぜ移住してマタギになったか〈後編〉」

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「マタギ」とはなにか。東北地方の豪雪山岳地帯に居住し、古くから伝えられてきた儀礼や作法を守り、集団で狩猟を行なう人々のことだ。“春熊猟”で知られている。

蛯原紘子さん(33)は、大学時代、山形県小国町のマタギと出会い、「マタギにしか見えない山」を教えてもらう。それが引き金となり、マタギになろうと移住した。

「マタギにしか見えない山」とはなにか。マタギたちは、今を生きる若い世代に、どんな世界を教えてくれるのだろうか。

蛯原紘子(えびはらひろこ)さん

熊本県熊本市出身。東北芸術工科大学日本画専攻。
小国町役場職員と、マタギの二足のわらじを履く。

 

前編からつづく

そこで、鉄砲の免許を取りました。親には反対されていたのですが、時間をかけてあきらめてもらいました。

初めて山に入ってから3年たった頃、「仲間に入れてもらいたいんですが、いいですか?」と聞いたら、班の全員が集まって話し合ってくれて「あいつだったらいいんじゃないか」と言ってもらえたんですね。

 

命託しあうチームの一員に

仲間に入れてもらって7年目になります。好奇心から始まりましたが、いまは仲間といるときの居心地の良さが大きいですね。春の熊狩りはものすごく危険です。一人ひとりが能力・体力の限界までふり絞りながら、チームプレーで獲るわけですよ。熊を獲るためには強い信頼関係が必要です。そこに一歩足を入れると、すごく居心地がいいんですよ。仲間から抜けるなんて考えたこともありません。これは普通の暮らしでは築けない関係だと思います。

会社員の飲み会って愚痴ばっかりでしょう。マタギたちと飲んでると、「あそこの川渡れるぞ」とか、「トビ茸でたぞ」とか、その時々の新しい山の情報を共有するわけですよ。昼間っから酒を飲むこともあります。私が入った頃なんて、一人一升飲んでましたからね。「人の数だけ一升瓶が空いてる、なんだこれ!」みたいな(笑)。

 

マタギにしか見えない山

師匠の齋藤重美さんや他の方々の話をずっと聞いてきて、先輩たちが大事にしてきたものを受け継ぎたいという気持ちが大きくなりました。というのも、先輩たちには見えていて、私には見えない山があると思うからです。

ずっと住んでいて山が自分の庭のようになっている人たちにとっての山は、まるで「手の平のようにわかる山」なんですね。たとえば、沢の一つひとつに名前が付いていて、一緒に山を歩くと「ここはこうだ」と教えてもらえます。その情報量が半端じゃない。どこがどんな地形で、どこなら歩けるか、どこなら雪が多くて沢が渡れるか、細かく把握しています。熊が出やすい場所、雪崩の危険な場所。「あそこのあの木」といえば、それだけで話が通じる。だからあの人たちの中にある山と、私に見えている山はぜんぜん別物ですね。私も、いつかそうなれるといいなと思います。

マタギは毎年同じ時季に同じように山に入り、山を見ています。個人の経験や知識だけでなく、集団の中に受け継がれてきた経験や知識、技術があって、熊のこと、木々のこと、雪のこと、山菜やきのこのことなどを、広く知っています。クマの研究者やブナ林の研究者がいますが、マタギほど山全体のことを知っている人はいません。そういう存在がここ、小国にはいるんです。

文:森山健太(食べタイ編集部・日本女子大学1年)

<イベントのお知らせ>

蛯原さんに会えるイベントを、2018年7月14日(土)に、東京で開催します!

詳細はこちらから http://matagizyoshi.peatix.com


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