「やりたいことがある人には地方がいい」町づくりの立役者に聞いてみた

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この記事の書き手

山形県小国町の南西に位置する樽口集落で農業を営む、きのこ農家の渡邊正義さんと妻の万知子さん。

高校生の時に抱いた「生まれ育った小国町をもっと住みやすい町にしたい」という思いの実現のため、斬新なアイデアで町づくりを進めてきた正義さん。

その一例が、今では小国町の名物にもなっている「観光わらび園」。当時は「ありえない」と反対ばかり集めたこのアイデアを実現させたことで、小国町の町づくりに風穴が開きました。そしてなんと、都会に出た若者を町に呼び戻す大きなきっかけにもなったのです。

「やりたいことがある人には絶対に地方がいい!」と語る正義さん。

どうやって町の人を巻き込んできたのか。町づくりの大先輩に、地方で活躍する極意を伺いました。

 

地方で「自分のやりたいこと」ができる理由

  

正義さんは「都会に憧れを抱かなかった」と聞きました。それはなぜですか?

地方のほうが、自分のやりたいことを形にしやすいからだな。

例えば東京では、しばらく仕事を休んだとしても、代わりはいくらでもいる。でも地方ではそうじゃない。今、都市と地方には「人の価値」に大きな格差がある。地方は人を求めていて、1人の意見が大切にされる。だから地方には考えを実現する土壌があるんだ。

 

地域で「自分の想い」を実現するための3か条

正義さんが今までに実現してきたこと、お聞きしたいです!

例えば樽口集落には観光わらび園があって、集落全体で管理してる。でも観光わらび園なんて当時はありえないアイデアだった。最初はまるっきり反対されてらった。というのも「山に外の人を入れるべきではない」って考えだったから、山を開放するなんてとんでもない考えだったんだ。

一方で、小国町の人たちも悩みを抱えていた。わらびの収穫の時期が田植えの時期とかぶるから、自分たちだけではわらびの収穫にまで手がまわらない。そうこうしていると、外部の人たちが山に入ってきて、わらびを盗んでいってしまう。外の人には「盗んでいる」という自覚がねえもんだから。「山のものを採って何が悪いんだ」と言い張って、山が畑と同じように我々の栽培場所であることをわかってくれねえんだ。警察に取り締まってくれと連絡したこともあったな。けど警察も「でも山だから」と言って何もしてくれねかった。そういう時代だったんだべな。

 

えっ…!今では考えられないですね。

勝手に山に入られるのは困るけど、自分たちで山に入る余裕もねえ。

そんな状況下で思いついたのが観光わらび園。お金をとって外の人に採らせてあげればいいんじゃないかって考えたわけよ。

 

逆転の発想ですね!でも正義さんに反対する町の人たちをどうやって説得したんですか?

酒を酌み交わして、とにかく腹を割って話すことだな。

まず酒飲むべと言って様々なこと話していると、お互いがどういう考えを持っているのかわかるべ。

反対している人がなぜ反対するのか。その真意がわかれば、「じゃあこうすっぺ」と打開策を出すことができる。それでも反対されたら、「まずやってみっから見てれ」と言って実際に動いてみることだな。

 

なるほど!

もし失敗したら、「ほら見れ」と言われるだけ。でも、成功したら黙ってる。

今の時代だって、若い人が何かやると言ったら年配の衆は興味を持つ。反対するのだって、興味があるからこそなんだから。若者が失敗したって当然だと思うだけだし、成功したら「そういう方法もあったのか」と気づくもんだ。

実行に移すことで周りもだんだんと変わっていく。その積み重ねが「この子は一味違う」に繋がっていくはずだ。地方の活性化はそういう行動からくるんだべな。

 

先輩としっかりコミュニケーションをとって、さらに実践に移す。それが地域おこしの鉄則なんですね!

若いときから年配の衆とよく話をしたから、オヤジたちには可愛がられてた。町のために活動していたら、町長や役場の重役たちにも注目された。若者の意見としてよく話を聞いてくれたもんだ。

俺は6歳のときに父親を亡くしたから、周りのオヤジたちはみんな父親的な存在。彼らを、心配するオヤジ、興味を持たないオヤジ、怒るオヤジ、と自分で分析してた。

何かやろうと思うときには、必ず、反対するオヤジと徹底的に話した。そのオヤジが納得すれば、後はみんな黙ってついてくるとわかってらったからな。

同年代の女性には、年寄り臭いってまったく相手にされなかったけどな。(笑)

万知子さんから見て、当時の正義さんはどんな方でしたか?

年上の世代とよく一緒にいたこともあって、別格扱いされてたんじゃないかな。

同世代たちとも話す内容が違っていたし。見た目も、今でこそ若く見えるけど。昔もあまり変わらず今と同じような感じだったし。当時は「おっさんだな〜」と思ってた。(笑)

 

若者とよそ者の力が必要だ。俺たちは協力する

今は息子の拓磨さんが若手農家のホープとして活躍されていますね。息子さんに農家を継いでほしいと思っていましたか?

「継げ」と言った覚えは一度もねえ。

ただ、息子が中学生の時に気持ちは伝えたな。「俺が60歳になったら強制的に今あるものすべておまえの名義に変える」って言ったっけ。

それを息子が覚えてらったのかはわからねえが、60歳まで残り10年ほどになったときだな。「あと10年で父ちゃんの仕事覚えられっか」なんて言って、一度は小国を出たが帰ってきたな。

 

今の小国町の若者たちは、正義さんの目にどう映っていますか?

数は少ないながらも元気だ。

農業でいうと、小国にある600町歩もの田んぼを、昔は200人で管理していたが、今は40人でやっている。その状況を前にして息子にこう言われた。

「これから10年もして父ちゃんたちが抜けたら、6人でやっていかねばなんねくなる。オヤジたちだって今できることあんべー。ちょっとは考えれー。」

この言葉を受けて、年配の衆でも話し合いを始めた。「息子たちがこんなこと言ってんぞ」ってな。

息子が小国にいなくて自分の代で農家も終わりだ、って思ってる人たちは「なんとかせねばなんね」と必死に考えてる。

 

小国は昔と比べて良くなりましたか?

そうとは言えねえな。まだまだだべ。

町内の道路整備のために25軒に立ち退き要求が出たっけ、小国に残ると言ったのはそのうち7軒だけ。他は町外に出て行くと言ってる。

 

「こんなとこはだめだから外に行く」って言うんだものな。いろんな芽が出てきてはいるけど、変わっていくにはまだまだ遠い道のりかもしれねえ。

 

小国町の人口は8000人を切って、毎年100人単位で減ってる。20年後には5000人ほどになっているかもしれねえし。だから今のうちから5000人で生きていけるやり方を考える必要がある。

 

人口をどう増やすかという議論が主流の中、新しい考え方ですね!

樽口集落の10世帯が暮らしていくためには2500万円、一世帯平均250万円あればいい。

 

人口が減っているなら、その少ない人々でどう暮らしていくか。
みんなが食っていけるためにはどのくらいの収入が必要なのか。

これからの時代にはこういう発想が求められるんでねえかな。

 

その考えを形にするところが、町にとっても挑戦となりそうですね。

これから何かをするとなると、若い人の力が必要だ。体力的にも精神的にも、やる気が若い者と我々とでは違うからな。

町の外から来た人だって拒むことはない。口だけでなくて本当にやれば誰にだって俺たちは協力する。

 

小国をもっと暮らしやすい町にするために、これから若い人にも外の人にも一緒に考えてもらいたいな。

「いいと思うことは、とことん人に話して実行に移すこと」

若者が活躍できるフィールドは地方にこそあると、身をもって示してきた正義さん。

 

「町づくりに興味がある」「都市もいいけど地方もいいな」「若者が必要とされているだって?」

そんなことを思った方に、おすすめのイベントがあります!

 

7/1〜7/2開催!

【大きいけれど小国町vol.1】若手マタギと山で語らう&肉厚きのこを食べながら町づくりを学ぶ

 


渡邊正義さんとじっくりお話ができるイベントです。万知子さんのキノコ料理も参加者全員でいただきます。

そのほかにもマタギになるために小国町にやってきた女性、イラストレーターとして暮らす女性や、移住して農家になった方など、さまざまな理由で「小国町にIターン」した方々からも小国町の魅力を聞くことができるイベントです。

「これからの町づくり」一緒に考えてみませんか?

イベントについての詳細は、リンク先のFacebookページから。
https://www.facebook.com/events/1906242639631411/

ご参加、お待ちしております!

(文: 食べるタイムス編集部員 国重咲季)


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