草は生えていたんじゃない、僕が生やしていたのか。

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この記事の書き手
農家 山形県東置賜郡

【 草よ 生えろ!】

全国のフレンドの皆様、超おはようございます。
愛とパワーを与えない百姓、中川吉右衛門です。

またまた待ってます。
毎日毎日、朝も昼も夕方も、来て・見て・触って、待っています。

待つことなんて、ほとんどない人生ですが、こればかりは待っています。

あれ?なんか最近も同じようなことを言っていたような・・・・

と思った方。

正解です。

以前待っていたのは、田んぼの土の乾き具合です。

土が石のように硬くなるまで、ガンガンに乾かす。

乾くまで、じっと待っていました。


では今回は?

と言うと、・・・・・

田んぼに草が生えてくるのを待っています。

ナンダッテーーーーーーーー!!!

草ですか!?!?!?

自然栽培をするにあたり、草の管理や、草との付き合い方はとにかく重要です。

できれば、作物のバイタリティーを奪うような勢いで、草が生えてきてほしくない!

というのが本心です。

と言っても、彼らももちろん生きていますし、最強の在来種ですし、その強さ、勢いは、目をみはるものがあります。
だから、生えてくるのが自然です。
むしろ生えてくれて、嬉しいです。

それはいいんです。

でも、

草も生えないとなれば、まさしく「不毛」な土地。
草が生えないなんてありえない。

と、思い込んでいました。
そう意識していたんですね。僕は。

意識したということは、それが僕の世界になる。

ということは、、、、、

草が生えるに決まってますね。

そう意識して決めているんですから。

 

でも、僕は思い出しました。

僕が百姓になる前。
まだ師匠のところに弟子入りする前。
全国の突き抜けた栽培をしている百姓の方々の田んぼや畑を周り、見せてもらい、話を聞いたり、実際圃場に入ってそれを感じたりしていた時。
あれは島根だったか、鳥取だったか笑

定かじゃないですが、

ぶっ飛んだお米を栽培する百姓のところに伺った時のこと。

その方は、いわゆる中山間地で、ほとんど機械を使わず、人力のみの無施肥・無農薬でお米を作っていたんです。

日本の原風景のような、美しい場所。美しい風景。
まさに新潟の宮原君みたいな農法です♫

そこで見た、その方の田んぼは、本当に美しかった。

そして何より!

草がほとんど生えていない。。。。。
「草が生えてませんね!?!?
・・・・どうしてですか?
綺麗に採ったんですか!?」

と聞くと、

「草なんて採っていたらキリがないでしょ」

と、笑顔でいう。

僕はそりゃそうだ。

と、至極納得。
でも、草がほとんどないじゃない?この人の田んぼ?

と、思い、いろいろと質問してみました。

その方は、いろんな草との付き合い方、除草技術をお話ししてくれました。

僕は、なるほどなるほど・・・

と、耳をダンボにして聞く。

僕は大いに感激して、その方に

「本当に為になりました!ありがとうございました!」

嬉しかったですね〜。

喜び勇んで帰ろうとする僕に、その方がさらりと、

「でもね、草は生えると思っているから生えるんですよ。」

と・・・・

僕は最後の最後に意味不明なこと聞いて、

?????は??はい??

きっと、ポカーーーーンとした顔してたんでしょうね。

むしろ、

「何言ってんのこの人?」

と、いう顔をしていたかもしれません。

なので、その方は笑いながら、

「まぁいいです、その話は笑
とにかく、農家になりたいなんてあなたのような若者はこれからとても貴重な人材になりますから、ぜひ頑張ってくださいね」

この時のこの方の最後の言葉。

その後、沖縄に行ったり、いろいろと本を読んだり、師匠のところに弟子入りしたりして、すっかり僕の記憶の奥底に眠っていたんです。
ですが、、、、、、

これを僕は思い出しました。
「生えると思っているから生える」

今、僕はこれがめちゃくちゃわかる。
去年頃からなんとなく思い出しかけていたんだと思います。

除草を頑張れば頑張るほど、、、、
違和感を覚えたので。
最近、それに確信を持てています。

そうか。

草は僕が生やしていたんだ。と。

草が生えることが自然で、それが普通で、それが当たり前で。

それが農薬使っていない証で、その面倒なことをあえてやることに価値があって、そこに一生懸命になることがさらに価値をあげることになって・・・・・

だから、草が生えてくれないとダメだったんですよね。

その世界を僕が意識して創り出していたわけですから。

これに気がついた。

これに気がついたら、じゃあ、田ごしらえの段階で、そこに技術を投入した方がいいと、意識を変えました。

で、今。

草が生えるのを待っています。
代掻きの意味と意識を思いっきり変えて、今、代掻きをしている。

そのために、今は

「草待ち」

です。

昔ながらの人力と家畜を使う農法ならまた別ですが、今僕は機械を最大限に使って「自然栽培」をしています。

それならば、機械を使う本当の目的と意識。

これが慣行栽培と同じでは、おかしいですよね。

そこにズレが生じるに決まっている。

だから、田起こしも、代掻きも、今までそれをやる目的と意識をガラッと変換させて今年はやっています。
そして、とても心地よい感覚を。
手応えを感じている。

これは超絶愉しいことになりますよ。
今年の僕の田んぼは。

見ていてください。

自然栽培をやりたいと云う人に、勇気と元気とやる気が湧き上がる田んぼになりますから。

それは何か?

といえば、

これだったら自分にもできそう!やりたい!!

という衝動です。

それを、みなさんに見せていきます。

ぜひ!

愉しみにしていてください。

そして、そんな僕を超絶応援してください。

その応援。

間違いなく正解にしますから。

ciao♫
皆さま、僕の田は宇宙だ。だとしたら、そこに入る自分も宇宙じゃなきゃ♫宇宙は無限大だ!の素敵な1日を♫

【 宇宙を感じるお米 中川吉右衛門米】
http://kichiemon14th.net/fan/?cat=6

(2017,5,26)

 

 


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