誰の話でもないけど、誰かのお話。

in 愛知/農家漁師あるある
この記事の書き手
農家 愛知県碧南市

日本全国、どこの地域でも草だらけの耕作放棄地や水源の無い条件不利な畑や田んぼはやり手がいない。

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先祖が守ってきた畑だから俺の代ではダメにしたくないと、定年後に気楽な気持ちでちょいと畑を始めた地主のAさん。

しかし、これまで何十年、ずっと冷暖房の効いた部屋の中で座って仕事をしてきたから急に畑仕事となると想像以上に身体にこたえる。

最初の春は良かった。

毎日畑に出て、土をいじり、自分が食べたい野菜の種をまく。

老後の楽しみってのはこういうことか。

しかし問題は夏だ。

暑い。暑すぎる。何をするにも腰が痛い。育てた野菜は虫食いだらけ。雑草はびっくりするくらい生えてくる。

こんな辛い思いするより野菜を買った方が断然得だ。やめたやめた。

秋には腰の高さをこえる雑草が畑を覆っていた。

近所の専業農家がAさんの家を訪ねる。

「おい!!オマエ!!あの畑なんとかせんか!

雑草ばっかり生やしよって!

種が飛んで来たらどうやって責任とるんだ!」

こいつはまいった!とAさん。

もうあの暑くて辛いあの畑には立ちたくない。

「それは申し訳なかった。

ただ私は恥ずかしながらもう畑をやる気力も体力も無いからあなたに借りてもらいたい。

代わりに耕してもらえませんか?」

「なーにをぬかすか!

あんな草だらけの畑なんて誰が借りるか!

ましてや水源も無いような畑を借りる専業農家はそうはおらんぞ!」

「そこをなんとか、除草剤の代金がいるのならきちんと金を払いますので」

「一回枯らしたとこでムダムダ!

雑草の種が土の中に山ほどあるわい。

とにかくなんとかせぇよ!」

「それなら作業料金として毎年いくらかお支払いしますのでなんとかなりませんか?頼みますよぉ…」

「知らん!無理な相談だ!週末までになんとかせんかったら承知せんぞ!」

がっくり肩を落としたAさん。

仕方なく次の日畑で草を取る事にして作業を始めようとすると役場の車が畑の横に止まった。

「Aさん、草が多すぎると苦情が入ってますわ。

どうしましょう?」

「実は昨日もガツンとやられてね。なんかいい知恵ないですか?」

「それがね、この春に都会から引っ越して新しく農業を始めたいっていう若い青年がいて農地を探してるんです。ただこの辺りは農業が盛んでしょ?その子も中々借りられる農地が出てこなくて農業始められずにいるんです。どうですか、この青年に貸してあげるっていうのは?」

「ほう。一回会ってみようか(こりゃいい)」

「Aさん今日は一日草取りしてるんでしょ?午後にでも本人連れてきましょうか?」

「いや、家の方に挨拶に来るように言っておいてよ。(しめしめ、いい話だ。そんなのがいるならもう草取りなんてヤメヤメ。そいつにやらせよう)」

午後。新規就農への夢と希望に満ち溢れた青年がAさんの家を訪ねる。

「はじめまして!農地をお貸しいただけると聞いてご挨拶に伺いました!」

「おお、君が農業始めたいという若い子か。まぁ座りなさい。うちも先祖代々の土地を貸そうっていうんだからそりゃ当然タダでって訳にはいかないのはわかるよな?」

「はい、もちろんです!」

「大事にしてきた土地だからねぇ。年間賃料◯万くらいは欲しいねぇ。」

「あ、あの…あの辺りの畑は水が出ないので相場では年間◯千円くらいだよと役場の方に聞いたのですが」

「相場は関係ないよな?うちの先祖代々の土地なんだよ?」

背に腹は代えられない。
農地が借りられなきゃ夢の農業がやれない若者。

「わかりました。◯万円お支払いいたします。」

「それでいい。ただね、君のやる気を試すってわけじゃないけどね、今ちょっと訳あって草が生えてるんだがね、アレを週末までに片付けて誠意を見せておくれよ」

「わかりました。…がんばります!」

「早けりゃ早い方がいいよ。誠意ってのはそういうもんだ。(しめしめ、金も入るし草も片付いた〜!こりゃ得した!)」

有機農業をやりたいと思っていた青年は薬を使わずすべての草を手で取った。

日の出から日暮れまでドロドロになって、昼飯も食わずに草を取った。

週末までになんとか草を取り終える。

これで、ついに夢への扉が開く!

ここからだ!!

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手続きを済ませ、晴れて畑を借りて農家になった青年。

事務手続きやもろもろがあって一週間畑に行けなかったが今日からは畑に行ける。

「え?」

全ての草を取ったはずの畑はもう薄っすらと緑になっている。

次の雑草の種が発芽したのだ。

青年はまた草を取る。

追いつかない。

効率の良い機械もまだ買えるお金もない。

畑の右半分を取り終える頃には左半分はすでに大きな雑草になっていた。

ーーーおいコラ!!

突然大きな声が背中から聞こえた。

「お前が新しく始めたっていう若造か!

なんだこの草は!ちゃんと仕事せんかい!

それでも農家かコラ!!!」

近所の専業農家さんに雷を落とされた。

毎日草を取る。

僕は草取りがしたくて農業を始めたわけじゃない。

それでもなんとか草を取ってついに初めて大根の種をまいた。

やっと、今度こそスタートだ!

日に日に雑草が生い茂り、そこに害虫が集まる。

大根の芽はほとんど虫に食われて草の絨毯だけが残った。

地主のAさんが車でフラッと畑の横を通る。

「おーい、いかんなぁこんな草生やして!

うちの先祖代々の土地っていうこと、忘れちゃいかんぞー!」

僕は一体ここで何をしてるんだろう。

何がしたくてここに来たんだっけ?

色んな人に叩かれて叩かれて少しずつ、周りの目が全て自分を責めているように感じ始めた。

自然と畑から足が遠ざかる。

役場からの電話だ。

「君ね、評判悪いよー。

せっかく農地探してあげたんだよ?

周りのみんなの期待に応えなきゃダメだよ。

甘くないんだよ、農業って。」

青年はその夜泣いた。

哀しいでも辛いでもなく、無表情のまま、気づいたらただただ涙がこぼれていた。

そして、

誰にも何も言わず、翌朝、都会に逃げ帰った。

草の伸びた畑は、今日も変わらずそこにある。

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誰が悪いとか良いじゃない。

誰の話でもないけど、誰かのお話。

(2016.9.13)


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