【まとめ】農家が激白!「ありえない価格」はなぜ可能になるのか?

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価格崩壊と農家の苦労。“価格ヤスく”は本当にいいのか!?

「激安!限界への挑戦」毎日のようにスーパーの折り込みチラシが入る。昔、母はチラシを手に取りスーパーへとよく駆け込んでいた。

あなたも、値札だけを見て、農産物を買っていませんか?

今回のテーマは、「価格崩壊」。激安値札を見た農家さんたちは、いったいどんなことを思うのでしょう。安すぎる食べものの裏側に迫ります。


「今の市場経済、正気とは思えない。新潟のお百姓さんが証言する“米の価格崩壊”」

市井晴也さん(新潟県魚沼市、米農家)

10kg 2180円!10kg?しかも店頭販売価格で!

愕然!

農家は大赤字のはず!

どんな米?古米?古古米?古古古米?(茶助句会)

ふざけている場合ではない。

さすがにコシヒカリはもっと高いけれどそれでも農家の儲けがあるとは思えない価格。コシヒカリは5割も入っていないんじゃないだろうか。どの銘柄だって話は同じだ。経費はかかる。子どもに田んぼをやらせないのは親心なのだ。今の市場経済は明らかに農業を破壊している。

元記事:2015.4.29


「安すぎるとどうなるのか、考える事も必要なのではないか。」

竹林諭一・千尋 (大分県由布市、少量多品目農家)

値段とモノしか見えてないですよね?
まぁそういう作りになっているのでしょうがないと思いますが。
モノの裏には何があるのか。安すぎるとどうなるか、少し考えることも必要なのではないでしょうか。
元記事:2016.7.5

食べものの裏側には何があるのか。竹林さんは次の投稿で、価格崩壊のからくりが「政府の助成金」にあるとも指摘します。


「それでも国産食べますか?」

竹林諭一・千尋 農家 大分県由布市

助成金は農家やってることの「ご褒美」では無いし、これだけ生産費とかけ離れた価格で食べものを買っている消費者の方が実はよほど恩恵を受けていると思ってます。

たとえば小麦。

100円で売って700円の助成金が直接支払いだけで農家に入ってきます。もちろん直接支払い以外にもいろいろ利用してるわけです。これは農家側から見た話。

逆に、国産小麦のパンを100円で買った消費者。(「やっぱ国産はちょっと高いよね」とか内心思いつつ)もし農家が直接支払いを貰わずに割に合う価格=800円で卸した小麦で作ったパンだとしたら、いったいいくらのパンになるの?

麦・大豆はまだいい。飼料用米!!700円で売って、8000円もらえる!!消費者的には、「こだわりの国産飼料で育てました」の肉とか卵もたくさん食べなきゃ損です!!

農家いいなあって思うかもしれませんが、こっちから見れば「ニッポン大丈夫か??」って話なんです!大変失礼な話ですが、いまの日本の食はとても貧しい状況だと思います。莫大な補助金がなければ、自国の食べものを普通に買うことができるのはごく一部のセレブだけだと思います。

もちろんその補助金の出どころも消費者の財布には変わりないです。

だけど、助成金もなくなり、農業という生産性の低い産業は切られ、一般市民は合成肉とか3Dプリンタで作った野菜とサプリでごまかす時代が来るんでしょうか。痛み分けをしていただいている状況の方がまだましだと思います。

生産性にあった「適正価格」売ればいい。という意見もあります。これからは農家もきちんと商売する時代だ、的な。

竹林畑はどちらかと言えば、そちら側の農家。だけどこの意見には賛同できません。竹林畑では、わが家が暮らしていける価格、コストに見合った価格で売って、補助金にも頼らない状況を目指しています。

が、その状況とは「うちの経営」のことではなく「社会」のことだと捉えています。先に書いたように、割に合う価格でやればセレブに特化した商売になります。目指せ8倍の価格!そうすれば『うちの経営』はうまくまわりそうです。(もちろんそんな技量はないけど)

だけど竹林畑が野菜を通してお届けしたい「食の豊かさ」とはお金持ちが専有するものじゃないはずです。適正価格で売れない農家と適正価格で買えない消費者。そんな両者がおりなすお金持ちごっこ社会では、他の産業とのバランスをとるために、食べものも国際水準の価格でやり取りしなきゃなりません。

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紹介している表のもう一つのポイントはフランスとの経営費の比較です。単純な比較はできないけど、日本の麦・大豆の4分の1とかしかかかっていません。あ ちらでは、コンバインで収穫なんていう牧歌的な感じではなく、工場が動きながら収穫してるような大型機械があったりします。

ゴジラ対ニンゲンぐらい勝負にならないんです。

「それでも国産食べますか?」と問いたい。

「う〜ん、無理!自由貿易の波に乗っかって、食べものは海外にまかしちゃえ。工業とか他の産業で暮らしていこう」ってのも一つの選択だと思います。儲けとか経済とかで考えれば、それがまったくの正しい方法らしく見えます。

いま、日本の農家は「それでもあんたの野菜食べたいです。お願いします」と言われるようなスゴイものを作らなきゃならない状況にあります。品質ももちろんですが、いまのうちらに訴えられることはむしろ「気持ち」です。

社会は政治とか経済とかだけじゃなく、気持ちという要素も含んでると思います。わが家の食事の楽しい気持ちをもっとシェアしたい、そしてこんな農家の気持ちも伝えたい。

「そんな農家みたいな食事をしてみたい、失いたくない」。そう思ってもらえる方が増えれば、少し社会は動くかもしれないじゃないですか。

元記事:2016.7.5



次に紹介する紀陸さんは「自分で野菜の値段をつけられる、市場を通さない方法」で、野菜を売って生計を立てています。(正確には立てようとしています)

どんなに美味しくて価値が高いと思うものを育てても、他の方よりも10円高ければ売れません。

本音は「もっと高く売れたらなぁ。」


「10円」高くちゃだめですか?〜小規模農家を襲う価格競争の波〜

紀陸洋平・聖子  農家 福島県石川町

お金持ちのために作っているんじゃない、普通の人が普通に毎日食べるものを作りたいから。
そして、地元の人に食べてもらいたいから。
だからすごく高くはしたくないけど、でも、自分達が時間や心をかけた対価として、人より10円高いことを分かって欲しい、そして伝えられるようできることをしてる。

自分達で職業を選択し、どうお金を得るかという、皆さんと同じ選択をした結果がそういう農家なのです。食っていけてもそうでなくても自己責任。
汗と涙の隣には喜びも多くあります。

でも、たまに、
種撒いたのに全滅、だとか豊作過ぎて収穫できないとか。
そんなリスクを、いくら職業選択自己責任だっていっても、農家一人一人が背負うべきものなのか?

命の根っこにある仕事なのに。

そのわりに多くが自分で値もつけられない仕事、農家。

私たちの仕事って、そんなに価値のないもの?
そんな風に感じたりもします。

(中略)
そして、皆さんの消費行動が、世の中を動かしていることを時々思い出してほしいです。
(もちろん、私も。私もいち消費者です。)

元記事:2016.7.11


編集後記

今回お伝えしたのは、ほんの一握りの生産者の想いです。
この問題は「消費者だけの問題ではなく、それを伝えきれていない生産者にも責任がある」と、前出の竹林さんはおっしゃっています。

我々消費者が見直すべきことは、自らが食べものの「安さ」に走るとき、その食べものの向こうに必ず存在するはずのつくり手を、ないがしろにしていないだろうか?ということ。

毎日、価格の裏側を気にして消費活動をしましょうと言ってるわけではありません。時々でもいいのです。畜産業を営む、ある方もおっしゃっていました。
「たまにでよいので、つくり手や生産物の気持ちを考えて欲しいなあ。そういう人が1人でも増えると嬉しい」と。

我々消費者の行動が彼らの生活を左右しています。

少しでもつくり手の顔が見える食べものを買う。気になった生産者にメッセージを送ってみる。
我々に始められることを一緒に考えてみませんか?

 


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農家 新潟県魚沼市
農家 大分県由布市
農家 福島県石川町