女性農家が照らす農村の未来〜農家が食べものも風景もエネルギーもつくり出す社会へ〜:ERIさん(農家・熊本県阿蘇郡)

in ピックアップ/熊本/農家漁師の「論説」
この記事の書き手
農家 熊本県阿蘇郡南阿蘇村

略歴
1994年 国立お茶ノ水女子大学附属高等学校卒業
1998年 慶應義塾大学環境情報学部卒業
2002年 ドイツ・ミュンヘン工科大学国土保全学科修士課程終了
2003年 夫の郷里・南阿蘇村にて就農
2016年4月現在 就農からまもなく14年。家業では農薬を使わない米づくりに取り組んでいる。


東京育ちの私が、縁あって南阿蘇村で農業をすることになってから14年が経とうとしています。同じ大学に通う「彼」に出会ったのは卒業間近のことでした。男気のある九州男児は、関東の私にはカルチャーショックで、釣糸にエサをつけて垂らしておいたところが、意外に簡単に釣れてしまった次第です。「釣った魚にもエサをあげています」というのが私の決め文句(?)ですが、その彼がたまたま農家の跡取りだった、というのが就農の理由です。

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胸を張るドイツの農家たちが
つくるものとは

卒業後1年間の交際を経て結婚。「一度は日本以外の国に住んでみたかった」という彼と、もう少し勉強したいことが残っていた私は、結婚後に夫婦そろってドイツの大学院に進学することになりました。はじめは奨学金をいただいていたのですが、彼の所属した地域の野球チームが南ドイツリーグでまさかの優勝。次のシーズンはひとつ上のリーグに昇格する、という状況になり、チームメイトから「いま日本に帰られては困る」とのラブコールを受け、バイトをしながら学生生活を続けることになったのです。

その仕事のひとつとして、日本からの視察団に通訳として同行し、ドイツの美しい町や村を回ることができました。その時に出会ったのが未来を語る農家さんたち。どぎつい方言で「俺たちは食べものだけじゃなくて、エネルギーも風景もつくっているんだ」と胸を張る彼らの姿がまぶしく感じられました。そうか、農家は食べものもエネルギーもつくる存在なのか、と知ったのは、大学での勉強からではなく、農村での出会いがきっかけでした。チェルノブイリ原発事故をきっかけに国策として再生可能なエネルギーや有機農業を推進してきたドイツ。事故後、四半世紀以上が経過し、それが実現された社会を見てきたことは、私たち夫婦が就農するタイミングを早めたと言っても過言ではないでしょう。「どうせいつか継がなければいけない立場にあるのなら早いうちから始めた方がいい」と素直に思えたからです。

農村資源から
エネルギーを生み出す

帰国後、就農する意思を周囲に伝えたところ、実は一番反対(心配)したのは、後継者がいないことを一番憂いていた義祖父でした。「今さら農業じゃ食べていけん」と顔をしかめる義祖父に、「食べるものつくっているんだから食べていけるに決まってるでしょ」と言い返す孫嫁。ひとつ世代が空いているからこその強気発言でしたが、移住して初めての稲刈りが終わると「どうだ、農業はいいだろう」と笑顔で語る義祖父には笑ってしまいました。彼が存命のうちに双子の息子を見せてあげられただけでも、早いタイミングで就農して良かったと思っています。

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就農した平成15年の冬にはさっそくNPO法人九州バイオマスフォーラム(以下KBF)を設立。農家が「食べものだけじゃなくエネルギーもつくる存在」にもなることは、日本でも可能なはずだという想いがあったからです。とはいえ、再生可能なエネルギーへの関心さえも薄かった当時の状況の中、農村にある全てが資源だ、という広報啓発活動を細々と実施するのがやっとでした。

そんな中、「再生可能なエネルギー」という視点よりも、「地域資源」の方が関心を持ってもらいやすいことに気づいていきます。阿蘇らしい地域資源と言えば雄大な草原に生えている草。日本一の面積を誇り、千年以上も続いてきたことによって独自の文化や景観が育まれました。ところが高齢化や有畜農家減少ため、草原の面積は減ってきています。草原は人間が利用するからこそ維持されてきたもの。これからも維持していくためには、家畜の頭数を増やしたり、若い農家を増やしたりするだけでなく、草の新たな利用方法を模索することも大切です。

そこでKBFは阿蘇市に呼びかけ、平成17年から全国初の「草発電」に挑戦することになりました。ところが、傾斜のきつい斜面から草を集めるのはコスト高で、結局、5年間の実験期間終了後に稼働はストップしてしまいました。が、成果もありました。地元の農家が、「草は資源」と認識したことです。

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その後、日本でも原発事故が発生し、事態が一転。新しいエネルギーの必要性が誰の目にも明らかになったのです。私たちは再び立ち上がりました。目指すはエネルギーの地産地消。草や生ごみや家畜糞尿を原料としたバイオマス発電は、原料の調達に費用がかかるため、成功させるには相当の工夫がいります。しかし実現すれば、農家の副収入や農村の活性化に最も貢献するエネルギー事業です。環境省の支援を受けて南阿蘇でのバイオマスエネルギー事業を3年間検討した結果、大規模の施設しか採算が合わないと言われていたものが、小・中規模でも事業化できそうな見通しになってきました。時代の変わり目というのはまさにこのことなのでしょう。目下、事業化に向けてハードルをひとつずつ乗り越えようとしているところです。

 

女性農家がアクションを起こし、
世の中を照らす

そんな「エネルギーの地産地消」への取組みを続けていた矢先に、女性農業者によるNPOの代表という役目を仰せつかりました。TPP、農家の超高齢化、原発事故による放射能汚染…。こんな時代だからこそ、私たち女性農家が明るくみんなを照らす存在になるかもしれない。そんな思いでお引き受けしました。組織が誕生したのは20年前。コメの部分自由化により、グローバル化に耐えうる規模拡大や効率化が叫ばれていた時代です。しかし経済的な視点だけではなく、「いのちと食」という視点で農業を見つめ直すために女性農家たちが立ち上がったのがきっかけです。昨年3月に役員全員の世代交代を果たし、名称も一部変更してリニューアル(NPO法人田舎のヒロインズ)。「ネットワークを活かした具体的なアクションへ」が当面の目標で、農家女性の発信力(=女性目線の情報発信)と受信力(=無理のないおもてなしによる都市農村交流)の向上に加え、農山村における再生可能なエネルギーの普及活動に取り組んでいくつもりです。再生可能なエネルギー事業が農家の副収入につながり、日本の農家が「食べものとエネルギーをつくる存在」として頼られる存在になっていきたいと思っています。

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↑ERIさん(後列中央)と田舎のヒロインズメンバー

 

実際に農家がエネルギー供給事業に乗り出しやすくするための会社も興しました。「里山エナジー株式会社」です。14年間の間に授かった4人の子供たちを自然に触れさせて育てながら、農薬を使わないコメ作りに取り組み、阿蘇特産のあか牛を放牧肥育するグループを立ち上げようともしていて、さらに「農家が食べ物も風景もエネルギーもつくり出す社会へ」を主旨とする女性農家を中心とした全国ネットワークの代表をつとめ、地域エネルギー事業を興すための会社もつくった。2足の草鞋どころかムカデになった気分ですが、基本的にあきらめの悪い性格ですし、これだけ複雑になった社会で「ひとつの解決方法」なんてあり得ないと思っていますので、いろんな事に足を突っ込むことで、相乗効果を起こしていきたいと願っています。

欲張りなだけかもしれません(笑)。あがいているだけなのかもしれません(苦笑い)。でも、「思っていること」ではなく、「やっていること」が沢山ありますので、次々とご紹介していければと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

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