あれから5年。「蚕の神様」の山はまだ返らない

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農家, 畜産農家 福島県相馬市

月日がたつのは早いもので、もうすぐ3月11日がきます。

あれから5年。

「まだ5年か」と言う人もいれば、「もう5年か」と言う人もいます。

僕にはもう5年か、です。

僕が生まれ育った所は福島県相馬市の石上(いしがみ)という集落の1つでした。

小学校へ通うにも家を出てすぐの三軒のご近所さんの家を通りすぎれば、学校まで歩いていく間ずっと田んぼと畑しかない所でした。当時は蚕(かいこ)が盛んな地域で、うちでも蚕屋(かいこや)と呼ぶ蚕を育てるための部屋をもっていてよくそこで手伝わされたものです。小学生といえども田んぼの季節になれば苗を運ぶだけでもと駆り出され、蚕の餌やりとなれば餌の桑の葉を運ぶだけでもと手伝わされ、畑で芋や豆ができたとなれば収穫出来たものを運ぶだけでもと連れていかれたものでした。

それでも嫌な思い出などはなくて、なによりも家族みんなで1つの仕事をすることや、田植えや稲刈りとなると親戚のみんなも集まってくれて、みんなで汗流してから食べた昼ご飯、作業を終えて始まる夕方の宴も賑やかで、そんなあの頃が大好きでした。

じいちゃんとばあちゃんは小学生だった僕を農作業の合間にはよくいろんな所に連れていってくれて、それは遊園地や映画館などではなく、山にタケノコを採りに行ったり、山菜を採りに行ったり、ドジョウをすくいに行ったり、フナを釣りに行ったり、食用カエルを捕まえに行ったりと、なんでも見せて食べさせてくれる、じいちゃんとばあちゃんらしい生き方だった。

なかでも思い出深いのが、じいちゃんが山の中の小さな小さな神様を掃除に連れていってくれた日。

誰かが訪れた形跡もない山の中の神様を、丁寧に掃除し、お酒を注いだコップを供えるところを僕に見せてくれて、「ここに神様がいる」と僕に教えてくれた。僕はそれを見て山の見え方が変わり、川の見え方が変わり、海の見え方が変わり、あらゆる人のいないところの見え方が変わった。

最近になり、今年もまた掃除に行くと言うじいちゃんとばあちゃんに「あれは何の神様なのか」と聞いたら、あれは蚕の神様だと教えてくれて、蚕を辞めて20年はたつのに、それでも蚕の神様をまつるその生き方に、僕は今の自分で真似できるのだろうかと改めて敬服した。

そんな僕も30歳になり、震災からもうすぐ5年になろうとしている。

5年たって、今年も回ってくる紙には山の山菜たちの出荷制限の文字。
放射能により、山のものを出してはいけない。
落ち葉を集めて有機栽培に利用したくても、その落ち葉すら使ってはいけない。

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本当に、悔しい。

僕にとって「もう5年」なのは、何もできないまま5年もたってしまった悔しさ。

大好きだった思い出の場所たちを返してほしい。

田んぼや畑ができるようになっても、まだ山が返ってきてくれない。

じいちゃんとばあちゃんが僕に見せて食べさせてくれたあの時の思い出は、今度は僕と妻とで息子たちに見せてやりたい大事なものだ。

田んぼも、畑も、山菜も、ドジョウもカエルも、山も川も海もみんな取り戻したい。

相馬は本当に良いところなんだ。

息子たちに、見せてやりたいんだ。

(2016.3.3)


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