「漁業のどんなところが一番おもしろいですか?」

in 「論」をよむ/よめの視点/漁師の仕事/秋田
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漁師 秋田県八峰町

2015日7月12日は地域力フォーラムinあきた2015にお呼ばれして、約200人の前でゴム長グツとカッパエプロン巻いてプレゼンをしてまいりました。八峰町からは毎年芸人枠なのかw

そこでこんな質問を受けました。

「よめこさんにとって漁業のどんなところが一番おもしろいですか?」

でまあ「よく飲んでカっと眠れる漁師がカッコいい、漁師の価値観がいままで私が生きてきた世界のとぜんぜん違うところです〜」なんてついポロっといっちゃったんですけど、もうちょっといいこと言わせてくださいw

■値段がつく前の「いのち」が見えるとこ

漁業をやっていて一番おもしろい!と感じる瞬間は、荷揚げのときに、タラもノドクロもイカもカニもカナガシラも一緒くたになってカゴに入っているのを見たとき。
そのカゴは、「不落(ふらく)もの」「ハンパもの」を入れるものです。漁では、足が欠損してセリに出しても値段がつかないカニ、量がハンパになってひとつの箱を作れない魚が出るんです。
それらは自家消費に回るのですが、家ではカニもカナガシラも同一にありがたく食べるんですよね。

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で、気づいたんですけど、
私は嫁ぐまで、「品物」としての魚しか見たことがなかったんですよね。
ボタンエビは「居酒屋いったら超高嶺の花!」だし、「アジやサバにはスーパーや回転寿司でこんくらいの値段?」と思ってたし…。

でもでも、荷揚げをやってこのカゴの中身みたらわかったんです。
海のさかなのいのちにはもともと値段なんかないって。
あとから値段をつけるのは人間で、海のなかで生きる彼ら自身には関係のない価値観なんですよね。

こう書いてみれば当たり前のことなんだけど、視点が一度「買う・食べる人」から「魚側」に180°変わり、そこから両者の間をいったり来たりするようになりました。カッコつけていうと山川草木の複眼をもつってやつですか。

■いきものを感じるのは「身体感覚」

こういうのって、いくら座学で「資源は大切だー」「生きもののいのちをたいせつにー」なんて習っても、正直ピンときません。
逆にいうと直に浜に来て、潮のにおいを嗅いで船から揚がる魚をみれば一発で身につく「身体感覚」みたいなもんだと思うんですよね。
私でそうだから、怒涛のように全部いっしょくたに網に入ってくる魚を間近でみる旦那さんはじめ漁師は、なおさらビンビン感じると思います。

「市場」に並ぶ前とは別の価値観があること、
「商品」になる前の「いきもののいのち」それらが内包する「死」をこの肌で感じること、だから自分がいま生きてることを考えさせられること、自分の価値観をグラグラ変えてもらえること。それが目下一番おもしろいところ、ですかねえ。

まあでも「好きな人のどこがいちばん好きか」って訊かれて、ひとつのところ挙げるのは難しいものがありますよね。
いろんなとこ挙げられるように練習しときます!

(2015.7.18)


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