「今を永遠に生きること」

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漁師 三重県鳥羽市

いつ死ぬか分からない

たしか30歳の頃だったと思う。親戚が死んだ時【俺は必ず死ぬんだ】と初めて実感した。
人間は必ず死ぬ。100%死ぬ。と。

日本人の平均寿命が80歳だからといって、自分が80歳まで生きる保証はどこにもない。それは100歳で死ぬ人がいて、60歳で死ぬ人がいるということ。120歳で死ぬ人がいて、40歳で死ぬ人がいるということ。

僕は何歳で死ぬのだろうか。明日生きている保証はどこにもない。
運良く平均寿命まで生きるとしても、余命40年くらい。

「余命1年です」

と告げられた時、あなたはどう感じますか?
怖いですか?
「1年で死んじゃう」と思いますか?
「1年生きることができる」と思いますか?
僕には余命1年と余命40年の違いがよく分からない。
1秒と40秒の違いがよく分からないのと同じくらいよく分からない。

命が宿った瞬間から余命のカウントダウンは始まっているのだから。

だから、いま生きていることに感謝し、【自分の為すべきこと】をただひたすらにグチョグチョに愚直にやるのみ。
生きている間にそれを為し遂げる人は素晴らしいと思う。
しかし【為すべきこと】が人それぞれに違うように、為すべきことに要する時間もこれまた違う。

時間は有限。

体は必ず死ぬ。しかし、同志や後継者、共感する人がいれば、体は死んでも【生き様】は生き続ける。

これは永遠の命に等しい。

釈迦、福沢諭吉、マッカーサー、近いところだとスティーブジョブズのように。
体が死んだ後も思想や志が生きている人は『偉人』などと言われるが、そんな大きなスケールではなくとも、自分の志が生き続けてくれれば、『その人が実際に何年生きたか』はあまり重要ではないように思う。

翻って自分が生きる漁業の世界。
僕は体が生きている間に、自分が為すべきことを為せるのだろうか。

自信はないが不安もない。

なぜなら、僕には漁業の世界に同志がいるから。
為すべきことを共有する同志がいれば、為すべきことをバトンタッチできる。共感してくれる次世代がいれば、為すべきことをバトンタッチできる。つまり、目指す地点を同じくする仲間がいるから、例え僕が死んでも仲間が意思を受け継いで走ってくれる。
これが島国日本で現代に生きる漁業者の自然な生き様ではなかろうか。

繰り返しになるが、どれだけ長く生きるかが重要ではなく、どれだけ後世に志を繋いでいけるかが重要なんだと思う

今を永遠に生きることはできる。

 

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(2016.1.31)


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